私はバベルの図書館を実現する方法を思いついた。

思いついたきっかけは正岡子規 ( だったと思う ) の言葉である。
これは確か柄谷行人の『日本近代文学の起源』で読んだので、孫引きの上、本が見つからないのでうろおぼえで引用する。
正岡子規は「短歌や俳句は文字の組合せが有限なので明治のうちにすべてのパターンが書かれ尽くされるだろう」といった主旨のことを言っていたのだ。この発言はもちろんおかしい。より文字数が少ない俳句 ( 17 字 ) にしても単純計算で、46 の 17 乗* という相当な数の組み合わせが存在する。今計算したところ存在しうる俳句は、18487710785295216663082172416 首もあるらしい。この大部分は無意味な文字列であり、とても俳句とは呼べないわけだが。少なくとも明治のうちに短歌や俳句が尽き果てるようなことはなかった。

* 濁音、半濁音、小さな文字は除いて 46 字とした。


正岡子規の予言があたらなかったことはどうでもいい。最近私はこの言葉を思い出し、この「存在しうる俳句(または短歌)の集合」が簡易的なバベルの図書館であることに気がついた。
「バベルの図書館」とはボルヘスという作家の書いた同名の小説に登場する図書館である。この短編が収録されている『伝奇集』も見つからないので、Wikipedia に頼ることにする。
Wikipedia によると、バベルの図書館には以下のような本がある。

  • 全て同じ大きさの本であり、一冊410ページで構成される。さらにどの本も1ページに40行、1行に80文字という構成である。また本の大半は意味のない文字の羅列である。又、題名が内容と一致しないことが殆どである。
  • 全ての本は22文字のアルファベット(小文字)と文字の区切り(空白)、コンマ、ピリオドの25文字しか使われていない。 同じ本は二冊とない。

それゆえ司書たちはこの図書館は、この25文字で表現可能な全ての組合せを納めていると考えている。


バベルの図書館 - Wikipedia


要するにバベルの図書館とは、「すべての本が存在する図書館」である。そこには世界の真理を書いた本も、その本の場所を書いた本も、さらにその本の場所を書いた本も存在する、と言われる。

しかし、バベルの図書館にとって、1 冊 410 ページという文字数に本質的な意味があるわけではない。1 冊 1 冊の文字数が少なかったとしても必ずその本の続編が図書館のどこかに見つかるのだから、文字数はもっと少なくてもいいはずだ。そればかりではない。1 冊あたりの文字数をへらすことで、図書館の広さをだいぶ節約することができる。
現在は1ページに40×80=3200。3200×410=1312000 なので、一冊131万2千字となっている。従って図書館には「25の131万2千乗」冊の本が存在する。仮に本の厚さを 2 分の 1 にすればこれを「25の65万6乗」冊まで少なくすることができる。
この原理を押し進めていくことによってバベルの図書館を容易に実現することができる。
以下がこの原理によって実現したバベルの図書館である。

  • a
  • b
  • c
  • d
  • e
  • f
  • g
  • h
  • i
  • j
  • k
  • l
  • m
  • n
  • o
  • p
  • q
  • r
  • s
  • t
  • u
  • v
  • w
  • x
  • y
  • z
  • (空白)
  • ,
  • .

1 冊の長さを 1 字とすることによってブログのエントリに見事収まるまでに圧縮することができた。
ところで、ここにはまだ無駄がある。これらの 25 字は 2 つの符号の組合せによって表現できる。2 の 5 乗は 32 なので、 "1"、"0" の 2 つの文字を 5 つ並べれば、25字を表現するするのに足りる(たとえば "a" を "00001" とし、"b" を "00010" とし、 "c" を ... と以下同様に繰り返す)。
よってバベルの図書館は、以下のもので十分である。

  • 1
  • 0

実際、これを読んでいる人の PC 上に表現されたバベルの図書館も本来はサーバー上に保存された 2 つの符号の組合せである。バベルの図書館を実現するためには 1 ビットの情報で足りる。

言い換えれば、『バベルの図書館』が教えてくれたのは次のようなことであった。どんな素晴らしい小説であれ、論文であれ、「記号の組合せで表現できるすべてのものは記号の組合せで表現することができる」。この原理がなければ万能機械だって動かないのであった。

コメント(6)

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