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前エントリに対する補足。書いた後2点補足事項を思いついた。


偶然事の有り難さ

偶然事の有り難さ(←ダブルミーニング)について。

世の中には必然の出来事と偶然の出来事がある。しかし、必然の方は必然なのであるから、有り難さは0である。起こらないということがおおよそ有り得ないのであるから、有りやすさが無限大である。

一方偶然の出来事の方は、起こらなくてもよいことが起こったのだから、つねに多少は有り難い。それどころか、より有り難い(生起確率の低い)出来事であればあるほど、「偶然」と呼ばれやすい。あるいは、ダブルミーニングに頼らない言い方で言えば、偶然の出来事の方が「レア」である。

その出来事が有り難いレアな事柄であるのは、それが偶然だからなのである。事情がこのようになっているのであるから、偶然の出来事の方を - 偶然であるというそれ自身の資格によって - 有り難がってもいいではないか。それは可能であるし、実際そうする人もいる。

...というのが前エントリの趣旨であった。


偶然と意図的

「偶然だが実現してしまったこと」は、私自身にはどうしようもない事柄である。つまり、偶然事はつねに向こうからやってくる異なものなのであるからして...

前エントリでこう書いた時、なんだか気持ち悪い感じがした。後で考えていたら理由がわかった。前エントリで私は「必然」「偶然」の関係を考えていたのだが、この部分には「意図的」と「偶然的」の関係が混ざっているからだ。

偶然は必然から区別される。一方、必然的でなくても「自分で選んだこと」はふつう偶然とは言わない。少なくとも日常語では言わない。人を殴っておいて「偶然だ」などと言うと、怒られることが多い。

つまり「偶然的」は「必然的」の対義語であると同時に、「意図的」の対義語でもあった。となると、「必然-偶然」の対と、「意図的-偶然的」の対の関係や如何にという具合に話は進む。

これは簡単かもしれない。「必然的なこと」も「自分で選んだこと」ではない。だから、まず「意図的なこと/意図的でないこと」が分かれ、さらに「意図的でないこと」の中で、「偶然的なこと/必然的なこと」が分かれる。リストにすると以下のようになる。

  • 意図的なこと
  • 意図的でないこと
    • 必然的なこと
    • 偶然的なこと

この分類の中で、人がしばしば意義を見いだすものは、「意図的でなく必然的なこと」だ。偶然の出来事に意義を見いだすとき、人はよく「これは偶然ではない。運命だ」などと言う。つまり、「意図的でなく偶然的なこと」を「意図的でなく必然的なこと」だとした上で、そこに意義を見いだすのである。

しかし、「意図的でなく偶然的なこと」も、意図的でないのは確かである。しかも上で書いたとおり、それがレアな出来事であるのは、必然だから(運命だから)ではなく、偶然だからなのである。

それならば「意図的でなく偶然的な」出来事の方を有り難がってもいいではないか。それは可能であるし、実際そうする人もいる。

...というのが前エントリの趣旨であった。

コメント(2)

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