動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

東浩紀 『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

講談社学術新書、2001


ラブクラフトのことを書いていたら思いだした。前から思っていたことを書いておく。

『動物化するポストモダン』の基本的なストーリーって、

ちょっと前の世代だとオタクと言えばシェアード・ワールドものだったけど、最近のオタクは「萌えー」とか言ってて、このふたつってちょっと違うよね。

というオタク世代論だと思うんだ。こういう基本的な事実認識があり、プラスアルファで、「この流れをもう少し広い世の中の潮流に結びつけてみるテスト」というのが『動物化するポストモダン』という本の内容。

シェアード・ワールドものというのは、要するに、同じ世界観を共有しながらいろんな人が作品をつくったり遊んだりしますよーってことだね。ラブクラフトに端を発するクトゥルーものしかり。トールキンの世界観でTRPGをする人しかり。そしてもちろんコミケ等で漫画の二次創作をする人もしかり。

ただし東は「シェアード・ワールドもの」という言い方はしていなかったと思う。『動物化するポストモダン』では、大塚英志を引きながらこれを「物語消費」と呼んでいる。しかし私は「シェアード・ワールド」という普通に使われている言葉の方が好きだ。

(参考: シェアード・ワールド - Wikipedia)

それはそれとして、この基本的なオタク世代論の部分って特に間違ったこと言ってないと思うのだが、おもしろいくらい誰もそのことに触れないね。「確かにちょっと違うよね。じゃあどうちがうのかなー。東はこう言ってるけど、私はこう思うな」とか、そういう方向に話が発展してもいいはずなのに、褒める人もけなす人もなぜか関係ない話ばかりだ。「大きな物語」がどうとか、そんなの言ってみればオマケであり、ただの「と言ってみるテスト」だろうと私は思うのだが、世人はそう思わないのだろうか。大雑把なポストモダン論などより、オタク世代論の方がよっぽどおもしろいと思うのだがどうなんだ、その辺。

もちろん、そういう読まれ方をしてしまう背景には書き方のまずさもあったのだろうが、堅実なファインディングの部分はほとんど触れられず、皮相で刺激的な飾りの部分だけがことさらに反応を集めたという点で、『動物化するポストモダン』は実に不幸な読まれ方をした本であることだよと思うことしきりである。

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