■ de re
「de re 様相 (でれようそう)」と「ツンデレ」を絡めて何か (一発ネタ的なギャグが) 言えないかと思ったが、念のために検索したらすでに言われていたので残念だった。
でもせっかくだから復習ついでに書いておく(←おぼえたばかりの言葉を使いたくてしかたがない男参上)。
述語「T(x)」を「x がツンデレである」とする。
「∀x□T(x)」は「すべての x について、ツンデレであることが必然である」。
「□∀xT(x)」は「すべての x がツンデレであることが必然である」。
前者の場合、必然は「ツンデレ」という「性質」にかかっているので、これを de re (事柄についての) 様相と呼ぶ。後者の場合、必然は「x がツンデレである」という「文」にかかっているので、これを de dicto (語られたことについての) 様相と呼ぶ。
可能世界論の文脈ではこの二者がそれぞれ、以下のように言い換えられる。
「この世界に存在するすべての x は、この世界から到達可能なすべての世界において、ツンデレである」
「すべての到達可能な世界において、すべての x はツンデレである」
問題を引き起こしやすいのは、前者のような de re 型の文。ここでは、「この世界に存在する個体が」「ほかの世界において」、ツンデレという性質を持つかどうかが問題になっている。そのため「ひとつの個体が複数の世界に属しうるか」という貫世界的同定の可否が争点になる。当然ながら、貫世界的同定を認めるかどうかによって文の真偽も変わる。
ちなみに、三浦『虚構世界の存在論』では、「虚構のキャラクターが複数の世界にまたがって存在しうる」という説を「de re 説」、「複数の世界に応じて、複数の虚構キャラクターが存在する」という説を「de dicto 説」と呼んでいた。
だから、ツンデレが複数の世界にまたがって存在するならば、「ツンデレが de re 的に存在する」(べ、べつにアンタのために貫世界的に存在するんじゃないんだからね!)。
■ カリスマ
「カリスマ店員」、「カリスマ保険員」などの用法にならって、めざましい活躍をし、ほかの同業者のあこがれであるような独裁者のことを「カリスマ独裁者」と呼んだら(本末転倒気味で)いいのではないだろうか。同様に、全世界の教祖の憧れの対象である教祖のことを「カリスマ教祖」と呼ぶことにしたい。たとえば、釈迦やキリストはカリスマ教祖である。
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