個性という言葉について考えることがある。そんなことについてはまったく考えなくてもいいし、ブログに書かなくてもいいのだが、現実逃避気味に書いてみる。

「個性」という言葉は文字通りに解すならば、「個である」という性質を指すはずだ。ただし、「個である」という性質といっても、そこにはまだいくらか解釈の余地がある。「個性」というものを、その属性を持つことによって、普遍者が個物たらしめられるような要素であると考えるなら、いくらか形而上学的発想になる(この場合「個性」とは「このもの性」のような概念だと考えられる)。単に「個である」という述語を名詞化しただけだと考えるなら、特に形而上学の余地はない。

(ちなみに、これは私がたった今思いついた説だが、日本語の「性」による名詞化には、因果的な含みを持つものと持たないものがある。「攻撃性」というのはそれを持つことによって攻撃的になる属性のことであり、因果的な含みをもつ。一方、「夜行性」というのは、単に性質を名詞化しただけであって、因果的な含みはない。上の「個性」の二つの解釈はこの「性」の二つの用法に対応する)


しかし、いずれにせよ、人が「個性」という言葉を使っているとき、いちいち「個であること」という風に翻訳していくと、どうも意味がわからない。

たとえば「あの人は個性的だ」という。まずなぜ「個的」ではなく「個性的」なのかという点からしてむずかしいが、「理性をもつ」ことを「理性的」というから、もしかすると「個性をもつ」の形容詞化なのかもしれない。しかし、「あの人」と名指せる時点で、「個」であるのは当たり前なのだから、これでは意味が通らない。

「個性を表現する」という用法もよくわからない。「個性を表現する」というからには、「個である」ことを表現するのだろう。この際、「個」の反対概念は何なのだろう。「普遍ではなく、個だいうことを表現する」であるとか「一般的ではなく個だということを表現する」という意味にとるとかなりおかしい。多くの人は表現するまでもなく個に見えるし、「普遍に見える人」「一般的なカテゴリーに見える人」というのは私はまだ見たことがない。

ただし、先ほど、大航海の中世思想特集を読んで知ったのだが、中世には天使は「個」ではなく、「普遍」あるいは「種」として存在すると信じられていたらしい。この場合、「普遍として存在する」とは、「高度な完全性で存在する」という意味だそうだ。となると、「個性を表現する」というのは、「完全性の度合いが低いことを表現する」という意味かもしれない。例えば「よく忘れ物をする」とか「すぐかっとなる」ことを「人間らしい」というが、そのような意味で「(普遍たりえない)個ならではの部分を見せる」という意味である可能性もある。あまり信憑性はないが、考えうる説の一つとして一応提出しておく。


これについて個人的には、一応結論が出ている。この場合、おそらく反対概念は「普遍」ではなく、「同定不可能」とか「統一的でないこと(まとまりをもたないこと)」、「対象化できないこと」ではないかと思う。つまり、「個」とか「普遍」以前に、そもそもまとまりをもった対象として認識されないものがあったことに気がついたのだ。

砂浜をぼんやり見ているとき、私は、砂の一粒一粒については特に気を払ってない。それらの砂粒は十把一絡げに砂浜の一部として見えている。この際、砂粒はまとまりをもったものとして認識されていない。このような状態のことを「個性的でない」と表現するのではないかと私は考えた。つまり、個性を表現するとは、十把一絡げな群衆や光景の一部に見えないようにするという意味だ。

例えば、大勢のなかで一人だけ、真っ赤な帽子をかぶっていると、「あの赤い帽子の人」などという具合に同定されやすくなる。この場合、この帽子の人は個性を表現しているのだと考えられる。もっと長期的に考えた場合でも、「とても奇抜な性格だ」とか「身長が3メートル以上ある」というのは、職場で、教室で...etc. で、背景から浮き上がり、同定されやすくなる要素であるだろう。おそらく視覚的に同定しやすいだけではなく、人格にせよ何にせよなんらかの要素によって「背景にうもれない」「前景として対象化されやすい」という性質を指すのだと思われる。


結論が出てみると当たり前すぎて、なぜこんなことで悩んでいたのかわからないほどだが、そもそも「個」という語が誤解をまねくものであったのではないだろうか。「個」という語は普遍や一般の反対概念であるはずであり、このような状態を指す語なら、はじめから「個」は関係ないのではないかと思う。「識別しやすい」とか「同定しやすい」とか「まとまりを持ったものとして認識されやすい」とかもっとよい言葉がほかにあったはずだろう。今後、このような過ちを他の人々が犯さないようにするためにも、べつの言い方を推奨したい。個人的には、「対象化しやすい」「前景化しやすい」が言いやすくていいのではないかと思う。



つづかない。

コメント(2)

# しむ

おもしろくない。

(2007/03/13 0:54)
# atakada

なんだこの攻撃的なコメントは。

(2007/03/13 7:48)

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