ドラえもん長編映画『のび太の新魔界大冒険』
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観に行きたい。ふと思ったが、SF におけるパラレルワールドというのは、様相論理の可能世界意味論や物理学の多世界説とちがい、なかなか出所がどこであるのかよくわからない概念であるな。タイムトラベルから派生した概念なのかな。
もしもボックスによる世界というのは、「もしも…だったら」という形式からして、様相論理の可能世界概念に近いようにも思う。だとすると、数学的真理が異なった世界などにはもしもボックスでも行きつけないのか。よくわからない。
旧魔界大冒険では、「魔法の世界」自体がもしもボックスによって生み出された世界であるにもかかわらず、魔法の世界をなかったことにすることはできないというのび太の心理的葛藤が描かれていた。しかし、よく考えてみると、もしもボックスによる世界すべての「実在」を認めるなら、魔法の世界においてドラえもんが壊れたままになった世界や、魔界の侵略が実現した世界などもすべて実在することになり、のび太が何をしても悲惨な結果を回避することは―多世界レベルで見ると―できないわけで...うんぬんかんぬんと思ったが、それ以上あまり考えが発展しなかった。