Wikipedia を読む男参上。
「カラスは黒い」という命題はその対偶「黒くないものはカラスでない」と同値であるので、「カラスは黒い」事を証明するには「黒くないものはカラスでない」事を証明すれば良い。 そして「黒くないものはカラスでない」という命題は、世界中の黒くないものを順に調べ、それらの中に一つもカラスがない事をチェックすれば証明する事ができる。こうして、カラスを一羽も調べる事無く、「カラスは黒い」という事実が証明できてしまう。
こうした一見、素朴な直観に反する論法を指摘したのが「ヘンペルのカラス」である。 ときに「ヘンペルのカラス」は、それがまるで対偶論法の間違いを指摘した論法であるかのような誤った解説がなされる事があるが、本来はそうではない。
合理的・論理的でないのは人間の直観の方で、対偶論法にしろ「ヘンペルのカラス」にしろ数学的に何の問題もない論法である。 つまり正しくは、「ヘンペルのカラス」は人間の直観の危うさの方を指摘した論法なのだと言える。
これは、ちょっと変な説明かなあ。どこにひっかるかというと、帰納的判断と論理学の関係にまったく言及しないところに違和感がある。論理学というのは演繹的推論を扱ってきたものなので、帰納的判断の論理学というのは現在のところまともな形では存在しない。確かにヘンペルのカラスは対偶のおかしさを示すものではないが、本文で言われているような人間の直観の方がおかしいという話でもないだろう。それは、「対偶」のような論理学的操作と帰納的観察の関係が(今のところまだ)よくわからないというところに存する問題だと思う。
「ヘンペルのカラス」が直観に反してしまう理由の一つとして、「黒くないもの」の数が想像を絶して大きい事が挙げられる。 (「黒くないもの」は、宇宙全域にある黒くない全恒星、全原子を含むのでその数は莫大である)。 何らかの命題(例えば「カラスを黒い」)を示す際、個々の事例(カラス)を調べていくわけだが、命題の正しさの信頼度合は、調べた事例のパーセンテージが大きいほど上がって行く。(確証性の原理)。しかし「黒くないもの」を調べる場合は、「黒くないもの」の数は極端に大きく、「黒くないもの」をどんなに調べてもパーセンテージが低いままであるので、いつまで経っても「黒くないものはカラスでない」という命題の信頼性があがらない。 (黒くないものを調べ切るには、想像を絶する時間が必要になってしまう)。 この為「黒くないもの」を全部調べた気分に浸れず、「ヘンペルのカラス」が逆理に見えてしまうのである。
この説明は論理学と関係なくヘンだと思う。「黒いもの」を一個も調べずに「黒くないもの」をすべてピックアップするのはそもそも無理だろう。
最後の節にためになる指摘があった。
論理学におけるヘンペルの指摘とは本質的に無関係ではあるが、 アルビノのカラス(つまり「黒くない」カラス)は実在する。また、東南アジアに生息するカラスの多くは、腹が白い、全体に灰色であるなど、黒一色でない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%AF
「アドホックな仮説」の例。
一般に、ものを燃焼させれば煙が立ち上ることから、なにものかが燃焼中に放出されているのではないか、と見なしたのがフロギストン仮説である。この仮説に従えば、燃焼後の物体は質量が減少しているはずである。
(…)しかし、後にラボアジエによって精密な燃焼実験が行われ、燃焼すれば質量はむしろ増加する(現代科学の仮説では、燃焼とは酸化のことであり、当然ながら酸素が加われば質量も大きくなる)ことが分かった。
フロギストン仮説は否定されようとしたが、一部の科学者は仮説を偽であると認めず、新たな補足を加えた。この補足がアドホックな仮説と呼ばれる。それは、「フロギストンはマイナスの質量を持つから、フロギストンが燃焼中に出て行けば逆に質量は増加する」というものであった。
この話好きだなあ。「燃焼によって質量が増加する」って言われて「いや、フロギストンの質量はマイナスだから」って、どんだけアドホックなんだ。
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I know that all noise around this artificially made events won’t help. Come on guys wake up! It’s a lie! But you keep posting! Nobody will hear!
』 (2008/04/ 7 4:31)