■気づき
「ジョン・マクタガート」と「ジョン・マクダウェル」を混同していた。
今後気をつけたい。
「時間が無い」と言ったのはマクタガート。ラッセルを大学から追放したのもマクタガート。
マクダウェルはウィトゲンシュタイにゃん。まだ生きてる。
■表示と指示
表示denoteと指示referのちがい。by戸田山和久
ここで注意しなければならないのは、表示という関係は、指示という関係とはまったく異なる特別な関係であるということだ。指示は、言語表現と項との間の関係だ。言語と世界の関係と言ってもよい。これに対して、表示は表示概念という項とモノという項のあいだの関係である。つまり、世界のなかにある存在者同士の関係だ。
p214
へー。
■タイプとオーダー
「ラッセル」の項目を読んでいてふと思った。
ルーマンの「セカンド・オーダーの観察」って、「オーダー」じゃなくて「タイプ」の上昇ではないだろうか。
知ってる人は知ってるように「セカンド・オーダーの観察」とは「観察の観察」のことだ。
観察が二項述語だとすると、
(二項述語だと思うが)
観察はクラスだということになる。
ということは、観察の観察はクラスのクラス(集合の集合)だ。
これはオーダーではなく、タイプの上昇だ。
タイプの上昇とは、「何を基本的な存在者とするか」が変わることだ。タイプが1つあがると、それまで個体だったものだけでなく、個体の集合や、個体の関係の集合を個体として扱えるようになる。
要するに、何を有意味な「単位」として認めるかについて、タイプが上昇すればするほど基準がゆるくなる。これはルーマンのしている話ともそう遠くないと思われる。
では、オーダーの上昇とは何か。
基本的には、述語を集めて新しい述語をつくることだ。
一番よくあるケースで言えば、述語を量化することだ。
たとえば「セカンド・オーダーの述語論理」とは、述語の量化を許す論理のことだ。「イルカは、クジラがもっているすべての性質をもつ」とか「クジラは、イルカが持っている少なくともひとつの性質をもつ」といった文は、セカンド・オーダーの述語論理でなければつくれない。
これはタイプの上昇とはまったく違う。基本的存在者として「イルカ」しか認めなかったとしても、「イルカはイルカのもつ属性のうちの少なくともひとつをもつ」という文をつくることができる。
「観察」ということで言えば、種々の観察を集めて、新しい述語をつくることが「セカンド・オーダーの観察」だという話になってしまう。
これはルーマンのしている話とは全然関係ない。
だから、「セカンド・オーダーの観察」よりは、「タイプがひとつ上の観察」の方がよりよいのではないかと思った。
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よく考えたら「セカンド・オーダーの観察」は「セカンド・オーダー・サイバネティクス」からとったそうだから、そっちを検討しないとダメだということに気がついた。
』 (2007/04/10 7:59)4t7KlC
』 (2009/07/14 14:07)