名指しと必然性―様相の形而上学と心身問題

ソール・A.クリプキ(著), 八木沢敬(訳), 野家啓一(訳)

産業図書、1985


感想

いまさら読んだ。

思ったより、形而上学と距離をとっていたのが新鮮であった。


アプリオリと必然的

「アプリオリ」というのは、「調べなくてもわかる」という意味だそうだ。

「必然的」というのは、「そうでないことが想像できない」という意味だそうだ。

たとえば、「切り裂きジャックは殺人者だ」というのは、調べなくてもわかるのでアプリオリ(切り裂きジャックはある殺人事件の犯人に与えられた名前だから、殺人者であることは調べなくてもわかる)。一方、切り裂きジャックが、そもそも殺人犯にならなかった可能性を想像することはできるので、これは必然的ではない (偶然だ)。

他方、物理学を知った上で「熱が分子運動ではない」という可能性を想像するのはむずかしい。だからこれは必然的だ。でもこれは調べてわかったことだからアプリオリではない (アポステリオリだ)。

...この点について何かを考えていたのだが忘れてしまった。


忘却

そういえば、「naming」の2つの意味、「名指し」と「名付け」がダジャレになってる箇所があるって、戸田山和久が言ってたけど、探すのを忘れていた。あと、最初読んだとき、有名な名前の受け渡しの箇所を読み飛ばしていたので、「あれ? 指示の因果説がない??」と思った。


素質

自分的メモ。

「固定的」は素質語ではないか。つまり、「可燃性」が、「適切な条件のもとで火を近づけたとき、火がつく」という意味であるように、これは「適切な条件のもとで反事実的状況においたとき、以前と同じ対象を指示する」という意味ではないか。

そっち方面で考えていくと、話がどう変わるのか (変わらないのか)。


あらすじ

(文体はイメージです)


こんにちはこんにちは!!

ぼくクリプキちゃん!


  • [直接指示]

名前は、記述や記述の群に置き換えられるって説があるよね!

「アリストテレス」を、「古代最後の偉大な哲学者」に置き換えるってやつ…!


こうですか!

「アリストテレスは犬が好きだ」
 ->「古代最後の偉大な哲学者は犬が好きだ」
 ->「なんであれ、古代最後の偉大な哲学者であるものならば犬が好きだ」
 ->「∀x(Px→Qx)」

つまり、名前は記述の圧縮表現だってことだね…!

でも反事実的状況の場合もこれでいいのかな?

将来「アリストテレスは存在したが哲学者ではなかった」ってわかるかもしれないよね…

この場合、「古代最後の哲学者」は他にいるわけだけど、

その人が犬好きだったら「アリストテレスは犬が好きだ」は、

真だってことになるの><

ほかにも「アリストテレスが哲学者でなかったならば...」って考えることはよくあるよね。

この場合だって、話の対象となっているのは「アリストテレス」じゃないかな…!


名前は「記述や諸々の性質を圧縮したもの」ではないんだってぼくは思うよ。

名前は対象を直接に指示するんじゃないかな!

こんな風に記述の媒介無しに対象を指示する語を

固定指示子と呼ぶことにする。

通常の固有名はすべて固定指示子だね…。

生物種や鉱物などの自然種や「熱」や「1メートル」も固定指示子なんじゃないかな!


  • [指示の受け渡し]

じゃあいったい名前は対象をどうやって指示するのかな!

「名前の伝達の連鎖」によって対象を指示するんだってぼくは思うよ。

名前って誰か他の人から聞くものだよね。

その前の人も誰か他の人から聞くし、

そうやってたどっていけばそのうち本人のところに届くはずだよね…!

この連鎖のおかげで人物を指示できるっていうのはどうかな…!


でもこれはあんまりじしんないです…

まちがってたらいやだから、

ちゃんとした理論にはしません><

よりよい見取り図を提示してみただけだよ。


  • [同一性の必然性]

同一性を、「2つの名前が同じ対象を指示する」ことだって考えるのが流行ってるね!

でも、これとは別の同一性について考えてみちゃいました…!

名前と名前じゃなくて、対象と対象の同一性について考えるよ。

あるものと同一なものは、それ自身だよね!

自分と同一なものは、必然的に同一だよ。

だから、明けの明星が宵の明星と同一であるのは必然的…!

熱が分子運動であるのも必然的…!


  • [必然性とアプリオリ性]

「熱と分子運動が必然的に同一だ」っておかしいですか><

確かにこれは昔は知られていないことだったし、

同一じゃない可能性もあったはずだよね…

でも「アプリオリなもの」と「必然的なもの」は別だって考えればいいんじゃないかな、きっと!

熱が分子運動であるのは、調べないとわからないこと(アポステリオリなこと)だけど、

一度わかってしまうと必然的になるよ…!

「熱が分子運動だということは最近わかった(そうではない可能性もあった)」っていうのは、

「熱が、今僕らが知ってる熱とは別のものであった可能性もあった」ってことだよね!!

コメント(3)

# Jon

It sounds fantastic. The question is - this post is absolutely new and original, isn’t it? It seems to me I've saw it somewhere before.

(2008/04/ 7 4:14)
# gogomast23

I had easy time reading your blog. But it seems now it's over :(. Man, this post sucks. I hope at least the next one won't be.

(2008/04/ 9 18:59)
# Ywtuqvnj

vzYMNc

(2009/07/14 19:07)

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