姿勢

1から2年に1回くらい、「姿勢をよくしよう」と思い立ち、ことさらに背筋をのばして生活することがある。ここ数日、この通過儀礼(?)を再開したため、ことさらに背筋をのばして暮らしていた。

しかし、数日たち、すでにあきらめかけている。あきらめかけているのは、背筋をのばすのがつらすぎて、勉強に集中できないなどの悪影響が出ているからである。

なお、煙草の本数も減らそうとしているのだが、こちらもつらくて半ばあきらめかかっている。




こない

早く次のヒューゴー賞に進みたいのに『ダブルスター』がこない。




料理エッセイ

昨日id:pha*1、id:shim 二氏に会ったとき、「料理には構造化の度合いがある」という思いつきを喋った。喋った後に自分ひとりでも考えた。考えたことを書き記しておきたい。


私以外の二人がパフェを食べていたせいで思いついた。パフェは高度に構造化された食べ物である。ここでいう「構造」は、メニューA を Aたらしめるのに必要な「要素」+「その配置」のことかな。パフェは分割不可能な多数の要素からなり、しかもその配置もかなり限定されている。パフェはアイスやクリームや果物などの部分からなり、分割できない。対して、アイスコーヒーはいくら分割してもアイスコーヒーでありつづける。

構造化の度合いは、「一人前を二人前に分けるのにかかる手間」「盛りつけにかかる手間」に正の相関を示す。

(ただし、バナナの房のように、自然の状態で構造化された食べ物も存在する)。


構造化の度合いがきわめて低いのは、コーヒーなどの飲み物、水飴などの不定形なものである。

また、具の少ないスープ、ソーメン、ご飯、餅などもきわめて構造化の度合いが低い。

カレーライス、ソースのかかったスパゲティー、牛丼など「不定形のソース+主食」という二極構造によって構成されたメニューがこれにつづく。

一方、冷やし中華、パフェ、手のこんだ和菓子などは、きわめて構造化の度合いが高く、素人にはほぼ分割が不可能であると考えられる。

単位が異なるような気もするが、定食をここに含めてよいのならば、これらもまた高度に構造化されたメニューであると言えよう。


スポンジとクリームによって層化されたケーキなど、縦方向の分割を許すのに、水平方向には分割できないメニューもある。ピザやケーキなどは、一方向にのみ頑強な構造を示すがゆえに、「7分割できない問題」などを引き起こす。

また、一部の要素がもたらすプレミア感も料理の構造によって説明可能である。ショートケーキのイチゴや、カレーに一個だけ入っているゆで卵は、構造決定的な要素であり、一人前のメニューは、これらの要素のために分割不可能になる。ショートケーキのイチゴが重要に感じられるのは、それがメニューの構造に対して大きな貢献をなすからである。


「だから何だ」という話だが、料理をこういう粒度でとらえたことがなかったので、改めて考えてみると新鮮だった。

  • *1: 読み方はアイディープハー

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