はてなについてるやつ

現実逃避で思わず実装してしまった。

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人文系研究について

人文系研究というのはつまるところ読書の極北を追求するエクストリーム読書という語に集約される何かなのではないかと思った。

200年前、300年前(下手をすれば紀元前。18世紀の出来事を平然と「最近」と言ってのけるヤバい世界)の人間が書いたテキスト、しかも何が書いてあるかまったくわからず普通の人が1文目で挫折するような代物(しかもマイナー言語)を最低3回は繰りかえして読み、「最初は何が書いてあるのかまったくわからなかったが4回目でようやく全体の構造がおぼろげに理解できた」などとのたまい、5回読んだだけなら少ない方で代表的なテキストは暗記するまで読み込んでいて当然と考えるような、いわば読書の暗黒面に墮ちたルナティック読書家の集合体を他に何と呼べばよいのかよくわからない。世の中の人はしばしば誤解しているが、本を出したりテレビに出てはなばなしい活躍をしている人というのはこのゲームのなかではほとんど評価されておらず、研究者のはしくれとしてさえ扱ってもらないこともままあるくらいのものだ。人文系研究者のヒエラルキーの最上層にいるのは、わたしが思うに、聖書研究者と古代または中世哲学の研究者であり、彼らは、ほとんどの人にとって読むことさえかなわないような古代語のテキストを暗記するくらいに読みこんでいるという点で尊敬されている。しかもこの「エクストリーム読書」という営みは意外と幅が広いものなので、読んでいるのが現代のものだろうと、専門が法学だろうと政治学だろうと文学だろうと社会学だろうと、本を読んで研究するような研究者の人たちというのはのきなみそういうゲームのなかで生きている。

わたしは自分のことを、みそっかすではあるものの人文系研究者のはしくれのはしくれくらいには考えているので、エクストリーム読者家の皆様方に対する尊敬の念だけは忘れたことがない。しかしそういう世界観の下で生きていると、「文系だからコミュニケーション能力がある」などと言っている人を見るたびに困惑の念にかられることになる。500年前に書かれたラテン語のテキストに好き好んで埋没しているやつ、およびそういうやつがヒエラルキーの頂点にいると考えているような人々にコミュニケーション能力なんかあるわけないじゃないか。

人文系の人間に向いている仕事というのは、マネージャーとかディレクターなどといったコミュニケーション能力が求められる類のそれではなく、「無味乾燥な1000ページの仕様書をすみからすみまで読む」という性格のものだと思う。ふつうの人文系研究者ならば、嬉々として取り組むんじゃないかな。




救世主について

ときどき救世主のことを考える。自分は救世主のような残酷さを持てるだろうかと想像してみる。救世主はとても残酷なものだとわたしは思う。なぜならば救世主は他人の言うことを決して真面目に聞かないからだ。救世主は世界中のあらゆる人々を自分が何を欲しているのか知らない子どもとして扱う。たとえば子羊は「自分は救いなど求めていない」と言うかもしれない。そこで「ハイそうですか」と引き下がってよいのは子羊だけだ。救世主は引き下がるわけには行かない。子羊は嘘をついていて本当は助けを求めているのかもしれないのに、救世主がそれを見捨てるわけにはいかないからだ。

救世主は他人を効率的かつ大量に救うことだけを考える。技師が機械を扱うように、どのボタンを押し、どのスイッチをひねれば他人が救われるのかだけを考える。救世主は子羊をモノを見るような目で見、子羊が何を語っても病気の兆候を見るような目で見る。救世主にとって子羊は同じプロジェクトに取り組む同志ではない。救世主は世界中のすべての人々のことを自分が自分の能力を駆使して処理してやらなければならないブツだと考えている。だから救世主は孤独でほとんど誰とも考えをわかち合うことができない。

思うに本当の救世主とは、大戦争が起って人が1億人くらい死んだあとに「1億人では、人口爆発の解決にはほど遠い...」とつぶやくような人間のことだと思う。

コメント(2)

# MM

>人文系研究者のヒエラルキーの最上層にいるのは、わたしが思うに、聖書研究者と古代または中世哲学の研究者であり

 ここらへんの分野は、過去数百年のエクストリームな人々による徹底的な研究がそびえ立っているから、その上に革新的な業績をつみ上げることが途方もなく難しそうだな。そういう点でも尊敬されている気がする。過去に「ダンテ研究とはいかなるものか・・・」と色々調べた際に、「これ以上研究できることなどないのではないか」と脱力した覚えがある。

(2007/11/25 0:06)
# at-akada

中世イスラムの学者と現代のアリストテレス研究者のあいだでひょっとしたら対等に話が通じてしまうんじゃないか?と思わせる危険な世界だからねえ。
しかしそれでも時々新発見があるのがすごいね。

(2007/11/25 11:04)

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