メモ

「はかない」という言葉を見て、なぜか「パンツをはかない」という意味だと思った。「はかないからといって美しいわけじゃない」。




部屋とYシャツとベーコン・アンド・スパム

英語ってものをリスト化*するときに最後のものの前にandつけるじゃないか。


* ここで言う「リスト化」は「ものを並べる」くらいの意味で使っている。


昔から何でそんなことすんのかよくわかってなかったけど、今日突然わかった。

入れ子リストを表現できるからじゃないか。


英語話者に聞いて確認したわけではないから違うかもしれないけど。とりあえず「最後の要素の前に決まった言葉を入れる」という文法がそれなりに合理的なものであることを説明したいと思う。

たとえば、このルールを厳格に守るなら、

「スパム、スパム、エッグ、アンド、スパム、ベーコン、アンド、ソーセージ」

と耳で聞いただけで、それが以下のような二重のリストであることがわかる。

[スパム, スパム, エッグ, [スパム, ベーコン, ソーセージ]]


ただし、このやり方でどんなリストでも表現できるわけではない。

たとえば、

「スパム、エッグ、スパム、アンド、ベーコン、ソーセージ、ベークドビーンズ、アンド、スパム」

の場合、解釈が定まらない。

これは

[[スパム, エッグ, スパム, ベーコン], ソーセージ, ベークドビーンズ, スパム]

というリストかもしれないし、

[スパム, [エッグ, スパム, ベーコン], ソーセージ, ベークドビーンズ, スパム]

かもしれない。

しかし、

  • 内側のリストを必ずリストの最後の要素にする

というルールを守るなら、リストを無限に深くできる。


  1. 1リストの最後の要素の前に「アンド」を入れる
  2. 2入れ子リストをつくる場合、内側のリストは必ずリストの最後に挿入する

という2つの条件を守れば無限の深さのリストをつくることができ、しかもリストの解釈に曖昧さが生じることはない。


以下証明。

  • リストにアンドが1つだけ含まれていたとき

リストが1重であることは自明である。また、リストのはじまりにも終わりにも曖昧さはない。


  • リストがk個のアンドを含むとき

Lがk重のリストであり、k個のアンドを含む場合を考えよう。

このとき、外側から数えてl個目のリストをL_lと呼ぶことにする。たとえばL_1はL自身であり、L_2はL_1の内側のリストである。

このとき、Lの最奥のリストL_kを考えよう。

L_kにはそれより内側のリストは含まれない。

従って、L_kの最後の部分は、

「...アンド、x」という形になっていると考えられる。xはリストではない任意の要素である。

このときxを任意のリストと置きかえることでk+1重のリストを作成することができる。

新しく挿入されたリストL_(k+1)のはじまりはk個目の「アンド」であり、終わりはk+1個目の「アンド」の後ろである。

よって「アンド」の位置と数さえわかればリストのはじまりと終りは明確である。


以上より、1,2の条件の下で、われわれはリストを無限に深くすることができ、しかも作成されたリストには曖昧さがないことが証明された。





疑問点

バイキングとスパムの関連性がわからない。

プログラミング言語であるPythonの名前の由来はMonty Pythonだそうだが、言語の仕様にもMonty Pythonにちなんだ部分があったりするんだろうか。たとえばspamという関数が使えたりするんだろうか。

もしそういうことがあるんであれば、早速pythonの勉強をはじめたいんだけど。




解釈の多義性

世の中には「解釈の多義性」とか「解釈の不確定性」を価値ある現象のように言ってありがたがる人がいるじゃないか。

そういう人って、

  • 「スパム、エッグ、スパム、アンド、ベーコン、ソーセージ、ベークドビーンズ、アンド、スパム」

がいかなるリストであるか決定できないという状況を見て喜んだりするのかな。

あるいは、日本語の場合、否定疑問文に対する返答として「はい、そうです」と「はい、そうではありません」の両方が許されるから、「はい」と言っただけではどういう意味なのか決定できないことがある。

たとえば以下のような場合。

「これ、すごくない?」

「はい」

この場合、「はい」という返事が「はい、すごいです」という意味なのか「はい、すごくないです」という意味なのか決定できない。

解釈の不確定性をありがたがるような人は、この現象がすばらしいことだと考えるんだろうか。

言い換えれば、「はい、すごいです」とか「はい、すごくないです」という返事より、「はい」という返事の方が価値があると考えるんだろうか。


わたしは、解釈が不確定であるというのは、おもしろくも何ともないふつうの現象だと思う。

おもしろいのは、「うまいダブルミーニングになってる」とか、「意図せずダブルミーニングになってるところがおもしろい」とか、そういう場合であって、解釈の不確定性一般がおもしろいわけではない。

コメント(14)

# http://www.hatena.ne.jp/youkoseki/ Author Profile Page

英語版はもうちょっと詳しく書いてある。あんまり意味はないようだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Python_%28programming_language%29#Neologisms

(2008/01/11 23:33)
# http://www.hatena.ne.jp/at_akada/ Author Profile Page

文法的には意味がないようですね。でも"foo","bar"のかわりに"spam","eggs"を使うというのはちょっとおもしろかったw

(2008/01/12 1:04)
# 死に舞

日本語の場合、否定疑問文に対する肯定の答え(はい)はもとの否定文と同じ意味を表すのが文法的に正しいこととされているはずだと思います。 「これ、すごくない?」にたいする「はい」は「すごくない」(つまらない)を意味するものでしたが、英語の導入とともに曖昧になったような気がする。

(2008/01/12 22:22)
# shim

「リスト内の要素をつなぐand」と「リスト同士をつなぐand」が音では区別できないから、赤田説は腹を切って死ぬべきである。

「スパム、スパム、エッグ、アンド、スパム、ベーコン、アンド、ソーセージ」の場合、
[リスト1:スパム、スパム、エッグ、アンド、スパム]
[リスト2:ベーコン、アンド、ソーセージ]
という二つのリストがコンマで列挙されている、
という気がする。

どう?


(2008/01/13 1:09)
# atakada

>否定疑問文
あー、そうですね。元々どっちでもよかったわけではなく、英語の影響で「はい、すごいです」も使われるようになったという感じだと思います。

(2008/01/13 1:45)
# atakada

>shim
現実的の英語の文についてはその解釈の方が正しいかもしれないが、わたしは「必ずリストの最後の要素の前にandを入れる」「入れ子リストは必ずリストの最後に入れる」というルールを守った場合の話をしている。
まずリストを2つ列挙するというのは、リストをリスト化したリストじゃないか(ややこしいな)。
[[リスト1:スパム、スパム、エッグ、アンド、スパム],
[リスト2:ベーコン、アンド、ソーセージ]]
この場合、まずリスト2の前にandを入れないといけないし、仮にandを入れたとしてもリスト1がリストの最後に来てないのでルール外です。

(2008/01/13 1:51)
# shim

ん、なんで実際の英語の規則に従わない話してるの?

(2008/01/13 1:55)
# atakada

>実際の規則
話を単純化するため。
shimが言ったようなリストの列挙(リストのリスト化)はありえる(Monty Pythonのスケッチでもでてくる)のだが、その場合、口頭ではリスト同士の間を開けるとか、文章ではセミコロンを使うとかするんだろう。
その可能性も含めて考えるとややこしいので、とりあえずそれは無しということにして、リストを無限に深くしても大丈夫かどうかを考えてみた。

(2008/01/13 12:19)
# shim

いや、そもそも前提がおかしい。

>英語ってものをリスト化*するときに最後のものの前にandつけるじゃないか。
>* ここで言う「リスト化」は「ものを並べる」くらいの意味で使っている。
>昔から何でそんなことすんのかよくわかってなかったけど、今日突然わかった。
>入れ子リストを表現できるからじゃないか。

という仮説そのものに対して私はノーといっているわけ。
だってあなたの話は実際の英語規則に反しているから、
理論化として適切ではない。

確かに要素ラスト一個の前でandをいれることで
入れ子構造を表現することは
仮想の言語の上では可能なのかもしれないが、
それは英語とは関係がない。
という指摘をした。

英語の正しいパンクチュエーションでは
リストとリストの間にもandが必要だし、
そのandとリスト内構成要素間のつなぎのandは
形態上区別できない。
例えばA, B, and Cは間違いなく三つの要素の
列挙に過ぎないが、
A and B and Cが
[A and B] and [C]なのか
[A] and [B and C]なのかは
表記上も発音上も区別できない(はず)。
意味上の判断が必要になる。

ということ。

(2008/01/13 12:42)
# atakada

えーと、「表記上も発音上も区別できない」というのはandだけを見るからそうなのであって、実際には、リスト同士の間に間をとるとか、セミコロンを使うという方策が併用されるのではないか。


たとえば、上のMonty Pythonのスケッチではメニューの列挙のところで、リストのリスト化が起こっているが、この台本が載っているサイトではセミコロンが使われていた。発音上も間をとることで、きちんと区別できるようになっている。
だから実際に、
[A and B] and [C]なのか
[A] and [B and C]なのか
を区別して表記したり、発音することは可能である。
で、リストとリストがそのようにして区別できるならば、
[A and B] and [C]や
[A] and [B and C]じゃなくて
[A and [B and C]]という二重リストを表現することも可能である。と私は考えている。


一方実際に、そういう現象があるのかどうかはそれこそ経験的・実証的に確認するしかないが、とりあえずshimの言ってることが、わたしの説とそれほどバッティングするわけではないと思うが。

(2008/01/14 0:27)
# atakada

えーと、ここがわかりにくいかと思うのでもう一回書いておく。
-実際の英語上はリストの表現のためにandだけが使われるわけではない。
上で書いたように、間をあけるという方策も使えるし、もっとわたしが気づいていないイントネーションの違いなどもあるのかもしれない。またshimが言うように前後の文脈を見ての判断もあるでしょう。これは認めます。
だからと言って、
-andの合理性がまったく作用しないとは言えない。
上でわたしが書いたような効果が------他の方策と共に作用する形で------効いている可能性はある。
と言っているわけです。
そして、その合理性の話をクローズアップするために、とりあえず他の方策の話を省いた理想的なモデルの話をしました。もちろん最終的に「英語でどうなのか」を知るには経験的に調べてみるしか検証の方法はないわけですが、その前段階として理想化されたモデルで考えてみるというのはありだと思うんですが、どうでしょう。


(2008/01/14 0:39)
# atakada

と、真面目に書くとまるでわたしが英語の文法を研究しようとしているかのようだが、ここでは------以上のようなことも鑑みつつ------思いつきをそのまま書いただけです。

(2008/01/14 0:42)
# nakadarumi

>解釈の不確定性をありがたがるような人は、この現象がすばらしいことだと考えるんだろうか。

0か1か、ではなくグラデーションの中でどの程度に位置するのかあれやこれや考えるのが面白いってことじゃないですかね?
こう、世界が広がる感じというか・・・

(2008/01/14 1:02)
# atakada

>解釈の不確定性
解釈が定まらないという現象を見ても、わたしにはさっぱり世界が広がる感じがしないですが、確かに世の中にはそういう人もいるのかもしれないです。
もっと言うと、「ぼわーとしたものが好き」か「パキパキしたものが好き」かくらいの話であれば、わたしもぼわーとしたものの方が好きですが、それと解釈の話がつながって見える、ということが不思議に感じられます。

(2008/01/14 1:29)

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