■ すごい
今さらの発見だが、iPodのシャッフル再生が楽しい。フランスの子供の歌のコンピ(タイトル忘れた)→MOSAIC.WAV→マサ子さん→うる星やつら→Free Design(なんか渋谷系っぽい何かだった気がする)と流れたりする。おもしろいし、次何を聴くか考えなくていいのが楽なのでずっとシャッフル再生で流しっぱなしにしている。
昔はわりと物にこだわりがあって、CDを所有していたいという欲望もあったが、最近音楽についてはさっぱりその手の欲望が無くなってきているので、もう音楽とか全部MP3にしたいなーと思っている。わたしは自分の部屋のなかで自分の本を見つけられないという悩みに悩むことがしばしばあるので、本もすべて電子化したい。虫のような形をしたクローラーが寝ている間に部屋をさまよい歩き、本をどんどん電子化してくれるガジェットをやがてGoogleが発明するので、それが発明されたら本をすべて売ってしまって部屋が片付くのでうれしいなあという妄想を抱いた。あと部屋とか自分とかもすべて電子化すれば、全部Googleで検索できるので、ものが見つからないという問題に悩むこともなくなるし、必要な記憶もすべてGoogleが見つけてくれる。一方改めて考えてみると、(イーガンの) 塵理論的にはすでに電子化された自分が宇宙の塵のどこかの上で表現されており、電子化されたGoogleを活用しているはずなので、すでに問題は解決しているのではないかと思った。しかしさらに考えると、電子化されたもののやはり電子化された部屋のなかからものを見つけられず困っている自分や、電子化されながら地獄のような責め苦を受けている自分なども平等の資格で (塵理論的に) 存在するはずなので、問題は解決していないとも言えた。
わたしの思うに塵理論とは以下のような理論である。
- 電子化された人格のすべての感情や思考は有限のパターンの順列組み合わせによって表現される
- 有限のパターンの可能な組み合わせは、宇宙のどこかの断片によってすでに表現されている
- したがって電子化された人格にとってハードウェアなど必要ない。すべての可能な思考や感情はすでに宇宙のどこかで再生されている
よくよく考えるとこれは様相実在論的な「可能な出来事はすべて実際に(異世界なり平行世界なりで)起っている」という発想に近いのかもしれない。
おら順列都市さいくだ。
■ もよおし
コミティアに行った。今回は自分が気をつけて見るようになっただけかもしれないが、同人音楽CDがそこかしこで売っているように見受けられた。しかも漫画や小説の横で音楽CDも売っているというパターンが多かった気がする。
■ いみじく
良い意味でも悪い意味でも「ヤバい」という言葉を使ってしまうので、良い意味で「ヤベー」という言葉を使った後に正確な意味を伝えるためいちいち「良い意味で」と付け足さねばならないことがある。これは冗長なので、最初から「良い」「悪い」と言えばよいのではないかと思いついた。
■ 名前が似ているけど関係ないもの
名前が似ているけど関係のないものについて、関係があると思っていた人に、「いや、その2つは名前が似ているだけで関係ないんだ」って説明しても「いや、でもなんか関係はあるでしょ」という反応が返ってくることがある気がした。
たとえばSFとSMはまったく関係ないしハードSFという言葉にはまったく性的なニュアンスは無いのだが、そのことを知らなかった・勘違いしていた人にスマートに納得させるのは難しいかもしれない。
「いや、でもSFマガジンにそういう描写が載ることもあるでしょ」とか。
「ハードSFとソフトSMはいわば対偶の関係にあるんでしょ」とか。
なんかそういう感じの会話を脳内で妄想していた。
何を言っているのかわからないが、そういう現象の周辺にひょっとしたらおもしろい部分があるのかもしれない的なことを思った。
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