■ 論文発表
社会言語研究会というところで論文の発表をしました。
たぶん論文を読むよりは楽なので、興味があれば資料をどうぞ。「口頭で補足する」かつ「論文を読んでいる」前提でつくられた資料なので説明不足な箇所も多々ありますが。
http://www.at-akada.org/docs/sola-080224/
↓プレゼン用にamachangさんのs6.jsというツールをお借りしました。ありがとうございます。
http://amachang.art-code.org/pr/
あとわたしの論文についてですが、もし読みたければ現在のところ↓ここからmaster-thesis.pdfを右クリックでダウンロードするのが一番良いですね。
(ブラウザで開こうとするとブラウザが落ちたりするのでダウンロードするのが良い)。
いずれ正式公開するつもりでその作業をさぼっています。
http://www.at-akada.org/websvn/listing.php?repname=master_thesis&path=%2Ftrunk%2F#_trunk_
■ 読書
- 『生成文法の企て』
ノーム・チョムスキー (著), 福井 直樹 (翻訳), 辻子 美保子 (翻訳)
岩波書店、2003
おもしろい。知らなかったんだけどチョムスキーってグッドマンの学生だったことがあるんだな。デビュー作にグッドマンの影響があったって自分で言ってる。
庄野 潤三 (著)
新潮社、1965
について何か書こうと思ったがまた今度にしよう。
■ なぜ原理主義的にふるまうのは楽しいのか。
最近原理主義的にふるまうのが楽しくてチャンスがあればついつい原理主義的な発言をしてしまう。
原理主義的な発言とは何かと言うと、「世界には悪が存在する」「これこれは悪である」「悪はただちに止めなければならない」といったような発言のこと。
自分のなかでは、さまざまな理由からして最近はこれがしっくりくるみたいな部分があるのだが、なんとなくその理由を考えてみる。
なぜ楽しいのか考えてみると、まずわたしはインテリの人がするリベラルな発言とか相対主義的な発言が嫌いだという理由があげられるだろう。「ある意味どっちも正しいし世界にはさまざまな真理があるよね」みたいなことを言われると腹がたち、「いや、これは間違っているから虚偽は直ちに捨てなければならない」みたいなことを言いたくなる。まあ近親憎悪なんだが、人文系インテリに対する反感みたいなところがあると。あとわたしは性根が下品なので、リベラルの上品さに耐えられず、ときどき下品なことを言いたくなるんだ。
それに、わたしのなかでは構造主義もポストモダンも相対主義もとっくに終わって今は実在論の時代だという感覚があるので、時代に乗ろうとしている部分もあるかな。今はXXの時代とか言われてもよくわからんが、雰囲気としてはそういうことを感じている。まあ、「これこれの理由で、素朴実在論はまちがっている」という論理的な立場からする立論なら何も感じないのだが、「何となく世間的に見て、実在論はよくないよねー。おれの周りの人もみんなソウ思っている」みたいな単なる習慣的発想とか仲間内の常識に乗っかってそういうことを言うのはカッコ悪いと思っており、その手の仲間内の常識を台無しにしながら原理主義的な正論を言うのはかっこいいなあと感じる感性があるのだが、よく考えるとこれは時代とは何の関係もなかった。
もう1つ、懐疑主義とか相対主義って、どうも自分の正しさを何とか保証したくてそのための逃げ道を確保するみたいな部分があって、そういう逃げ道確保的な所作を見ると、わたしのなかの嗜虐心が刺激される。たぶん世間の大半の人は懐疑主義や相対主義のことなどどうでもよいと思っているので、「健全な相対主義もたまにはいいよねー」みたいな寛容な態度を取るのだが、わたしはその手のアレに反感があるので、「甘やかすからつけあがる!」「ひとりひとり順番にツブしていく!」みたいな気焔を吐きながら、相対主義者懐疑主義者をひとりひとり炙り出してプチプチつぶしていきたいナアといった衝動に襲われることがある。
コメント(4)
コメントする
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 雑記2008年2月25日(月)
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.at-akada.org/mt/mt-tb.cgi/887


おおー熱い!熱くていいと思う。
』 (2008/02/26 6:20)まあどっちかというと暗い情熱をかたむける系のアレだが。
』 (2008/02/26 10:17)いやー共感するわ。
でもこれって原理主義が
笑いの対象であることが前提だから
それ自体相対的なスタンスだと思うけど。
原理主義ならなんでもいいんでしょ?
私は原理主義の人を見ると
』 (2008/02/26 11:41)(最近見ないが、
というかリアルには見たことないかもしれんが)
なんか引け目を感じてしまうね。
私も原理的でありたいという願いを
いつも抱えている気がする。
いや、そんなことないよ。本気で100%原理主義の人を見ると引くかもしれないが、コミットの度合いは7:3くらいだよ。
』 (2008/02/26 20:54)あと、ジャンルにもよるっていうか、学問とか倫理は第一原理(それが何であれ)から演繹的に方針を導きだすべきだと思っているので、かなり原理主義を支持してるよ。「楽しくナアナアで研究しましょう」みたいなところで「おもしろくて間違った主張って学問的な価値はゼロですよね」「この概念矛盾してますよ」みたいなことを言って場の空気を凍りつかせるのが正しい研究者のあり方だと思っているよ(自分でもそうありたいと思うし、そういう人を見ると応援したくなる)。あと研究者の世界とかだと原理主義っぽい人もいまでもちゃんと存在するしね。