ふつうの日記


金曜日

バイト後、某氏と某氏の (一ヶ月遅れの) 誕生会に行った。ベトナム料理の食べ放題に行ったあとカラオケ。

カラオケでいきなり椎名へきるを歌いだすとおもしろいので今後椎名へきるの歌を聴いて練習することにしようかと思ったが、みんな椎名へきるの歌ってわかるのかなあ。




土曜日

新銀行東京について考える会が13:00からはじまる予定だった。行こうかどうか迷っていたが、起きたら昼だったので面倒になってやめた。「来ないなら連絡しろ」と怒られた。暇になってしまったので別の人に「暇なのだが何かアイデアはないか」と尋ねるとネットサーフィンを薦められた。

結局新宿にハードディスクを買いに行くことにしたので、mmwwを誘った。mmwwは元々イタリア文学専攻だったのだが、今は理系出版社につとめており、家で地道に数学の勉強などをしている。最近は会うとその辺の話を聞くことが多い。ニコ厨のくせに、しかも社会人のくせに「勉強がすすまない」という理由でネットを解約したのがすごいと思う。




文学とスターの話

あと文学とスターシステムの話をした。「平野啓一郎は何となく全体からリア充っぽいオーラがたちのぼっているので文学者っぽくない」と言うと、「多分リア充っぽい生活をしてそうだが、何となく親しみの持てる顔なのでリア充っぽさを感じない」と言われた。わたしとしては、島田雅彦や村上龍については、「根がリア充じゃないやつが無理してリア充のふりをしている」という感想を覚えるので笑ってみていられるが、平野啓一郎は本当にリア充っぽいのでちょっとイラっとするという感じなのだが。


いや、リア充の話はどうでもよくて本当は文学って昔からスターとカリスマの商売だよねっていう話をしていたのだ。以下はmmwwと話したことというより、話をしていてわたしが思ったこと。

最近は若い美人の作家が文学賞を取ったりすることが多く、そうした傾向に文句をつける人もいる。しかし文学というのは昔からスターやカリスマに支えられるものだったわけで、じゃあ文句を言う人はいったい何に文句を言っているんだろう、と思う。たとえば夏目漱石や森鴎外が明治の知識人の苦悩を書くのと、現代の美人のエキセントリックな女性が現代の美人のエキセントリックな女性の苦悩やリアリティを書くのに、いったいどんな違いがあるというんだろう。

いろいろ考えた末に、わたしとしてはその手の文句を言う人は、文学者の像が変化することに文句を言っているのではないかという結論に達した。つまり「そういうのはおれの思うカリスマと違うのでもっと文学者っぽい文学者じゃなきゃいやだ」ということなんじゃないか。


そういう線で考えると平野啓一郎はわりと真面目に伝統的な文学者像をなぞろうとしているように思う(という話をしていたのだ)。真面目だからそうするのだと思うのだが、しかし全身からこぼれる真面目さとリア充っぽさのせいでそれが台無しになっているというのがわたしの感想である。梅田もちおと対談するとか、よっぽどだと思うよ。

一方、中原昌也や笙野頼子の方がむしろ伝統的な文学者像を現代化しているという感じが強い。「中原昌也って太宰治みたいなもんだよね」というのはM川に言われて気がついたが、確かに言われてみればその通りだ。逆にそう考えると、太宰治が現代に生きていたらB級映画を見たりノイズミュージックをしたり中原昌也みたいなことをしてそうな気もしてくるから不思議だ。あとやっぱミュージシャンはスター性を売る商売なので、ミュージシャンが文学賞を取るのは自然な気もする。


あとゆでたまご先生が2人とか誰も気にしていなかったので漫画はすごいよねー、というか (音楽以外の) エンターテイメントはすごいよねーみたいな話とか。




アイドルの話

そもそもなぜそんな話になったかというと、「アイドル産業は零細産業だが、諸々の人気商売にプチアイドル、ローカルアイドルみたいな人たちが浸透し、アイドルの種子が拡散していく」というわたしの自説を開陳していたからである。アイドル声優しかり、子供番組の司会しかり、仮面ライダーの俳優しかり、アイドル市議しかりである。




docomoの話

まったく関係ないが、mmwwはdocomo 905i の広告を見ると「これがリア充かー」と思うらしい。そう言われてみるとリア充を展示している広告にしか見えなくなってくる。

あとdocomoで思い出したが、ワードマップエスノメソドロジーの「9-2 映像を見る(1)『チラシの表』で社会学」がおもしろかった。

前田泰樹(編), 水川喜文(編), 岡田光弘(編)

新曜社、2007

http://emca.jp/books_2007wordmap.php


この論文ではドコモダケ (docomo の広告に出てくるキノコのキャラクター) の家族について、「なぜあれが家族に見えるのか」「だってキノコに家族とか無いだろう」という問題を扱っているのだが(それだけじゃないけど)、言われてみればキノコが家族に見えるのは不思議なので、「おーそれはすばらしい問題のたてかただなあ」と思った。

いつでもドコモダケ

ドコモダケ - Wikipedia


あと「チラシの表」というタイトルもおもしろいと思う。

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       l        _,, -‐''二ゝ  l::::l f゙ヽ |、 ここはお前の日記帳じゃねえんだ 
         レー-- 、ヽヾニ-ァ,ニ;=、_   !:::l ) } ト 
        ヾ¨'7"ry、`   ー゙='ニ,,,`    }::ヽ(ノ  チラシの表にでも書いてろ 
 :ーゝヽ、     !´ " ̄ 'l,;;;;,,,.、       ,i:::::::ミ 
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