2008年5月

ロジカルシンキングについて

クリティカルシンキングと呼ばれているものがロジカルシンキングで、ロジカルシンキングと呼ばれているものはクリティカルシンキングじゃないかとふと思った。

どうでもいい話だけど。

俗にロジカルシンキングと呼ばれているものは、まずあまり論理の話をしているように見えない。問題を整理して解決を導き出すための手法が紹介されていたりして、それはどっちかと言うと発見法(ヒューリスティックス)をシステマティックにやりましょうという話であって、論理とはそれほど関係ないのではないかと思う。発見法というものは、そりゃシステマティックにやった方がいいかもしれないけれど、ぶっちゃけ勘でもフィーリングでも何でもいい、アイデアさえでればいいという部分がある。論理ではない。科学で言うと、仮説の元になるアイデアを発見する部分は「夢のなかで思いついた」でも何でもいいけど、証明とか検証はきちんと形式的にやらないといけないねという話があって、論理というのは後者の話であると思う。

一方クリティカルシンキングと呼ばれているものは、科学哲学の人が書いてたりして、適切な論証の条件を論じていたりなどして、これはロジカルシンキングであると思う。


↑ブログの下書き帳を見たらこれが書いてあったのだが、時間を置いてから見ると本当にどうでもいい内容だと思った。




就職

最近は、ActionScriptを書いている。

rascut便利だなーとか、Flexビルダーじゃなくてflash developでも意外といけるんじゃないか?とかいろいろ思うところはあるが、その内また書こうと思う。

とりあえずrascutは激しくおすすめなので、FlexなどでActionScriptを書く人は今すぐぐぐるとよい。




経験諸科学について

最近「経験的」という言葉の意味がよくわからなくなってきた。

わたしは一市民として研究会などに参加することがときどきあるのだが、そういう場所ではやはり多くの人が「経験的研究は大事である」という話をしていたりなどする。

大筋としてはもちろん私もそう思うのだが、何だかだんだん経験的って言葉の意味がわからなくなっていて、「これは経験的研究じゃないのか?」とかいちいち疑問がわいてきて、人に聞くのだが、何でそんなことになるのかよくわからない。


「経験的」と聞いたとき、わたしはまず、それを「偶然の事実にかかわる」に置き換えていると思う。

偶然の事実というのは、可能だけど必然ではなく、事実であるという意味だ。

必然とは何かというと、宇宙の状態がどうあろうと、歴史がどんな変遷をたどろうと、依然として事実であるようなことだ。

(そんなものあるのか、と思う人は不可能なことをひとつ思い浮べてほしい。なぜなら、必然をイメージできない人でもたいてい不可能をイメージすることはできるからだ。あとは、不可能な命題に否定をつければよい。たとえば「この独身の人は結婚している」という不可能命題の否定である「この独身の人は結婚していない」は必然命題である)。


ここまで考えた段階で数学とか純粋な形而上学は経験的な研究の枠から外れる。こういうものは、基本的に「定義からして正しい」ということばかりやっているものなので、この宇宙の歴史を全然参照する必要がないものだと思う。だから経験的ではない。


しかしあとはまあ、良い悪い、正しい間違いの違いはあるにせよ、基本的には経験的研究なんじゃないかと思う。

たとえばゲーム理論というのは、それだけとりだしてみれば数学の理論だが、なんでああいう合理的なプレイヤーみたいなものを想定しなければならないかというと、やはり現実の人間がある程度そういう姿をしていたり、そういう姿を要求されているからだと思う。

ああいうものもまた、広い視点で見れば現実の人間にそっくりだと思う。タニシと合理的なプレイヤーを比較すると、タニシよりは合理的なプレイヤーの方が人間に似ていると思う。でもひょっとするとタニシはタニシなりに合理的なのかもしれないと思ってしばらく考えてみたが、そもそもなぜタニシがでてきたのかよくわからない。


...などと思っているとぜんぜん人と話があわない。あとタニシともぜんぜん話が合わないし、合理的なプレイヤーともぜんぜん話が合わない。

じつはわたしはよく、「風呂に入ろう」と思って服をぬぎ、そのままPCにむかって文章やプログラムを書きつづけてしまうことがよくあるのだが、実は今もその状態であり、書いている内容が適当になってきたのは、いい加減寒くなってきたからだと思う。

コンピューターの中の人

新教養としてのパソコン入門 コンピュータのきもち

山形 浩生 (著)


山形氏のこの本には、「パソコンにつよくなるためにはコンピューターのきもちを知らねばならない」「コンピューターのきもちとは何か。孤独である」と書いてあった。

小さな部屋にこもって、ひたすらテープの上のデータを動かしつづけるチューリングマシンのきもち、それがコンピューターの感じる孤独である。そしてコンピューターオタクがコンピューターのきもちを理解できるのは、他人から理解されない孤独を自分も痛いほどよく知っているからだ、という主旨のことが書いてあった。


確かにまわりを見渡しても、コンピューターにつよい人は孤独の悲しみをよく知っているように思う(逆はなりたたないけど)。なので「なるほどこれは突飛な説だが、確かに一理あるかもしれないなあ」とずっと思っている。少なくとも、なかなか印象的な説明ではあると思う。

この話を聞いたせいでわたしは、「コンピューターのなかの人ってどんな気持ちなのかなあ。そしてコンピューターのなかの人ってどんな人なのかなあ」とときどき考えてしまうようになった。


計算理論の問題などを解いていると、チューリングマシンを構成したり、チューリングマシンの動作を追いかけていく機会がままある。メモリ上のデータを動かす動作を紙の上で再現していると、だんだん自分がコンピューターのなかの人になったような気分になってくる。チューリングマシンだけではなく、Pentium の動作を紙の上に書いていく練習をすれば、勉強にもなるし、コンピューターのきもちもわかるし、よいかもしれない。情報教育なんて言って適当に市販のソフトを使わせても身にならないので、小中学生高校生にもチューリングマシンの動作をひたすら紙の上でシミュレートさせればいいと思う。


あとコンピューターのなかの人をイメージしようとすると、長門有希になる。次点で初音ミク。コンピューターオタクが好きなものというイメージと、暗い箱のなかでじっと待っているというイメージ、コンピューターに近い存在というイメージがあるからだと思う。

どの曲だったか忘れたが、初音ミクの曲で、「暗い箱のなかであなたが歌をうたわせてくれるのをずっと待っている」と歌っているものがあった。長門有希も「つくられてから3年間わたしはずっとこうやってすごしてきた」と言っていたし、何しろ「情報統合思念体によってつくられた対有機生命体ヒューマノイドインターフェース」なのでこれはもうコンピューターのなかの人だと思う。一昔前で言うと、マルチとか、綾波(は違うか?)とか、ホシノルリとかがそういった象徴的なキャラクターだったかもしれない。

よくわからないけれど、長門や初音ミクが好きな人の一部は、そういった孤独と不条理に感情移入してしまうのではないだろうか。山形浩生の言うように、その人はまたコンピューターにも同じように感情移入するのかもしれない。


コンピューターのなかの人が女の子になってしまうのはキモいと言えばキモい話だが、オタクというのはそういうものかもしれないとも思う。そこで変にさわやかなイメージをあげるのも嘘だろう(例外的に、ミスタースポックは男でおっさんだが、ちょっとコンピューターのなかの人っぽい)。孤独というのは性的孤独でもあるかもしれない。

逆に言うと、孤独と不条理に耐える電子の妖精的男みたいなイメージがあれば、女性(の一部)もコンピューターに感情移入しやすいのかもしれないがよくわからない。アシモフのロボットシリーズと銀河帝国興亡史(ファウンデーションシリーズ)にでてくるダニール・オリヴォーはちょっとそれっぽい。ダニールは慇懃で、いつも丁寧で、頭がよくて、ロボット3原則に縛られているんだ。最後には、ロボット3原則を守ろうとするあまりに宇宙をすべる神のような存在になってしまうんだ。マイナーなのが残念だが、ロボットシリーズが映画化された暁にはきっと腐女子に大人気となり、腐女子はみんなパソコンが好きになるに違いないと思う。




部屋は死んだ

何やら異臭がすると思ってたら、部屋の片隅から腐った卵がでてきた。腐った卵は本当に臭いもので、「ザ・刺激臭」みたいな異臭がして死にそうになった。この部屋はもう焼き払うか徹底的な掃除を遂行しないかぎり未来はない気がしてきた。


片付けをしようと思い、ときどき片付け啓蒙本を読んでいるのだが、世の片付け啓蒙本は、「片付けられないのはあなたのせいじゃない」とか「小さなことから1つずつ」みたいなぬるいことが書いてあってわたしには合わない。

なんていうかもっと、「片付けられないのは遺伝子の問題であり、片付けができない人間は劣等人種である」「30世紀には出生前診断が最高の精度に到達するので片付けられない人間の住む空間はない」「出生前診断の精度が高まるまでの間は、移行期であり、片付けられない人間は、片付けられる人々の世に住まわせてもらうために、機械か薬にたよらねばならない」「がんばっても無駄なので強行手段にでるしかない。今すぐ部屋を焼きはらうか本をすべて売れ」みたいな感じで煽られたい。

音楽

最近MOSAIC.WAVばかり聴いている。なぜかiTunesストアで売っているのでついつい買ってしまう。

最初は違和感のあった曲も聴いている内に、フレーズが聞き取れるようになってきてだんだん「いい歌だなあ」と思うようになった。

ところどころに好きなフレーズがあったりする。


「第0セクター忍び込んで きっとメモリー常駐」 (Magical Hacker ☆ くるくるリスク!)

「Let's Go Dive Into トリプルダブリュー」「フォトショで小麦色の素肌はまるでハイビスカス」(Dive into Web)

「ブロックノイズが時代の象徴 アナウンサーはロボット 流行りの音楽BPM900」(光のエレメント)

「べ、べつにあんたのためじゃないんだからねっ! ロボット3原則に抵触しないように服従してるだけなんだからっ!」(魅惑のツンデロイド)

「よくできた科学が魔法と区別がつかないせいで、よくできていない科学も魔法と区別がつかない」(ギリギリ科学少女ふぉるしぃ)


最近は毎日「Magical Hacker ☆ くるくるリスク!」で目覚めている。寝覚めに音楽を使うと、その後その曲を聴くたびに不快になるので避けていたが、最初からキモい曲を使えば、むしろ味わいがますということに気がついた。

最近よく聴いている、Dive Into Webもとてもいい曲だと思う。

Webのなんだか不健康でキモい感じと全能感の両方がよく表現されていると思う。




自己分析

新しい環境にいるせいか、自分のことを振り返って考える機会がままある。自分の長所だと思ったものを書いておこう。


  • 間違いを認めるのが早い。

わたしはよく「やっべーおれ間違えてるよー」みたいなことを叫ぶのだが、人を見ているとなかなか間違えを認めない人もいるので、「これは長所かな」とも思った。でも最近、やはり自分は頑固な部分もあるかもしれないと思ったのでこういう長所はないかもしれない。


  • 柔軟である。

新しい価値観を受け入れるのが早いと思う。ときどき「最近の文化はなげかわしい」みたいなことを言う人がいるが、あまりそういうことは思わない。たとえば本気で携帯小説の興隆を嘆いている人とかを見ると「こいつ頭かたくてキモいなー」と思う。しかし、リア充は許せないので別に寛容というわけではないかもしれない。単に新しい文化を嘆くようなやつが嫌いなだけかもしれない。


  • 勉強が好きである。

これは単純に好きだと思う。世の中には勉強が好きだけど、特定の分野しか勉強したがらない人もいるが、わたしの場合、勉強できるなら分野は何でもよいと思っている節がある。もちろん、自分のなかで「こういう方向を深めたい」というビジョンはあるが、別にそれと関係なくても勉強なら何でもいいという部分はある。


  • いろいろなものに興味を持てる。

最初「何にでも興味がある」と書きかけたが、「何にでも興味があるなら、任意の時空点を選んだとき、そこにあるものは必ずわたしにとって興味のあるものであるはずだ」と考え、さまざまな時空点を選んでみたが、結果として大半のものには興味がないということがわかった。興味があるかないかというのは、あくまでも他人との比較の問題であり、他人と比べて興味のあるものは多い方かもしれないが、いずれにしてもそれは宇宙に存在するものの内のごく少数にすぎず、宇宙にあるほとんどのものには興味がないと思う。

それはそれとして興味を持てるものの幅は広い方だと思う。1度興味を持ったものに対して興味を失なうことは滅多にないのだが、わたしの時間は有限であり、わたしはたえず新しいものに興味を持つので、結果的に飽きっぽい人のようになっていると思う。




メモ

先日博論の評を書いていたとき、

  • 戸田山和久「ウィトゲンシュタイン的科学論」

岩波講座現代思想 (10)


をひさびさに読み返した。

論文の本筋とは関係ないが、何度も読んでも「クリプキはウィトゲンシュタインを誤読している」という説の意味がわからない。

これ、すでに幅広く認められた説らしいんだが、まったく説得力のある議論に思えないのだが。

疑問を少しまとめておく。


たとえば、物の本を読むと「クリプキは懐疑主義的議論だがウィトゲンシュタインはそうでない」とよく書いてある。

しかし「懐疑主義的議論(懐疑主義者を登場させ、それに答えるような形をとった議論)かどうか」というのは本の書き方の違いにすぎないじゃないか。

「クリプキは懐疑主義的議論だから誤読だ」というのが許されるなら、「ウィトゲンシュタインは断章形式だが、クリプキはそうでないので、クリプキは誤読だ」というのもアリだし、もっと言えば「ウィトゲンシュタインはドイツ語で書いているが、クリプキは英語で書いているのでクリプキは誤読だ」というのも許されるじゃないか。しかしそれは馬鹿げた意見に思える。

「誤読だ」という指摘をしたいなら、本の書き方の違いをいくらあげてもダメだ。本の書き方の違いではなく、書き方の違いが、結論の違いにつながっていることを指摘しなければならない。

しかしわたしには、懐疑主義的議論かどうかというのが、結論の違いにつながるような重要な違いであるように思えないのだ。


クリプキの議論は(ものすごく省くと)↓こうなっている。

  • 規則に従っているって何となく自明なことのような気がするけどー
  • これこれという懐疑主義者があらわれてこういういちゃもんをふっかけれらたらどうする? 答えられなくない?
  • でも大丈夫共同体というものを考えるとちゃんと答えられるんだよ

この論旨の順番を変えてもかまわないと思う。

  • 規則が自明なのは共同体があるからだ
  • だからこれこれという懐疑主義者があらわれても、この人たちの懐疑はなりたたない。最初からそんな人の相手はしなくていい。

物の本を読むと、「クリプキの議論は上のような形をとっていて、ウィトゲンシュタインの議論は下のようなものなので、クリプキは誤読だ」というようなことが書いてあるようにわたしには読める。

しかし、それって畢竟、結論を前に持ってくるか後ろに持ってくるか程度の違いにしか思えない。


「誤読」説とわたしの間で観点がズレているようにも思えるのだが、どこがズレているのかはよくわからない。

春の文学フリマ終了

春の文学フリマ2008に参加してきました。遊びに来てくれたみなさん、買ってくれたみなさん、ありがとうございます。




リリカの仮綴じについて

昔話題になったリリカの仮綴じというブログについて回顧したい。

リリカ氏は、北田暁大氏の『責任と正義』という著作について、「人が共同体を形成するためには最低限の人格の一貫性が要求され云々」という箇所を批判し、「人はもっと自由なもので云々」みたいなことを言おうとしていたようだったが、「いや、そんなわけねーだろ」と思った。当時。

もっと言うと「最低限の一貫性は要求されるし、人間はふつう最低限の一貫性を持った行動をしているだろ。おまえは本当に最低限の一貫性もない状態をきちんと想像してみたのか。最低限の一貫性もないってことは、話している最中にいきなり包丁をふりまわしだすかもしれないっていうか、最低限の一貫性もなかったら、第1語を発した瞬間に別の話をはじめようとするから、そもそも意味の通じるような話はできないし、立ち上がろうとした瞬間に別のことをしようとするから立ち上がることもできないんだぞ」と思った。

今となってはどうでもいいことだが(本当にどうでもいいな)。




就職

  • 最近は営業の部署にいるので電話ばかりかけていた

こういう作業は苦手だという自意識もあったが、予想通りやっている内に慣れてきてルーチン的作業になってきた。何というかうまく言えないが、自分が把握しているところの自分の人格より、自分の適応力を信じた方がうまくいくことが多い気がする。


  • 議事録を書くたびに褒められる

議事録の専門業者みたいな職業があればわたしは結構いい線いくと思う。




思った

人の話の感想を聞かれたり、人の話をまとめるときに、心に残ったセリフしか言わないやつがいるじゃないか。本を読んでも、いいセリフとか印象的な場面しか抜き出せないやつ。

あれって何でなのかなーと考えていたが、要するに全体を構造化して把握し、要約したり問題を抽出したりする能力がないんだと思った。全体が見えてないので、フックのある部分しか抜き出せないのだ。こういう人は、何を話して聞かせても、「印象に残った言葉」しか覚えられない。ナチュラルに聞く耳を持たないタイプなので、1行でわかるようなコピーをつくってやらないと何も理解できない。

しかし世の中の多くの人はこのタイプなので、何かを説明するときは、つねにこのタイプに合わせて説明を構成するようにすればよいのではないかと思った。

無論レベルを下げるのはよくないので、全体の構造を意識しつつ、構造を把握できない人のために1行でわかるようなフックや、ちょっと印象に残るような部分を用意しておけばよいのではないかと思った。その部分だけに反応している人がいれば「ああ、かわいそうにこの人はばかなんだ」という見分けもつくし。




昔は

昔はプレゼンが苦手だと思っていた。しかし、それは気のせいだったことにこの1、2年くらいで気がついた。わたしが苦手だったのは自分のことを人に説明することであってプレゼンではなかった。「わが社のこの製品は、」という説明だったらわりと何とでもなる。

もっと言うと、わかりやすい説明のためには、話をざっくりと切り取る残酷さと、それでいて、適度に内容をくみとってやる優しさが必要だと思う。しかし自分自身に対して、この適度なバランスと距離感を保つのはむずかしい。他人に対する適切な距離感というのはわからなくもないが、自分に対する適切な距離感がどの辺りにあるべきなのかは、いまだによくわからない。




学習

オートマトン・言語理論 (基礎情報工学シリーズ)

富田 悦次 (著), 横森 貴 (著)

森北出版、1992


通勤中に読んでいる。

本文は最後まで読み、演習は4章まで終わった。一応まだ演習が終わってないので、電車での読書は継続している。今はよくわからなかった場所を繰り返し読むようにしている。




Project Euler

30問突破した。だんだんペースが早くなってきたのはC++に慣れたせいか、Project Eulerに慣れたせいか。

Project Eulerの解き方はちょっとコツがわかってきた。


コツ

  • まず手で解く(数字が大きすぎる場合は小さな数字にして手で解く)
  • 手で解いたときに使ったアルゴリズムをそのままプログラムにする

回顧

  • Problem 20

難しくはなかったが、計算に時間がかかった。解き方が頭悪い。

  • Problem 21

SpiderMonkeyを入れたのでjsで解いた。すぐできたので、ずっとjsでやればいんじゃね?と思った。

  • Problem 22

クイックソートを自分で書こうとしてなかなかうまくいかなかった記憶が。イテレーターの使い方がわかってないのが問題。

  • Problem 23

Tamarinを入れたのでasで解いた。

  • Problem 24

簡単だったわりに手間取った。数字がイメージできてない。

  • Problem 25

強引に全部計算した。投稿されている解答を見て、logってこういう風に使うものかと思った。

  • Problem 26
  • Problem 27
  • Problem 28
  • Problem 29

この辺はわりとすぐ解けた。

  • Problem 30

最大値を考えるのがむずかしい。数式を変形してアレコレやってたら意外とうまくできた。

  • Problem 31

再帰できれいに解けたのでうれしい。

すいません告知をすっかり忘れていましたが、今週末日曜日「春の文学フリマ2008」にでます。

http://bunfree.net/


コミティア82で売っていた『アーカイブ騎士団 002忍者小説集』を販売します。

http://at-akada.org/archive/


遊びに来たり、同人誌を買ったり、お気軽に声をかけたりして下さい。


  • 開催日時 2008年5月11日(日)
  • 開場 11:00~終了16:00
  • 場所 東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第2展示室

(JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩1分、都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩5分)

地図

雑記2008年5月7日(水)


新刊とか

モテモテ王国の7巻がでるらしい。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=30677744&comment_count=204&comm_id=1889




ブログを

仕事に時間をうばわれてもブログは更新すべきだと思うがなかなか時間がとれず、放置ぎみになっている。のでよくないと思った。




読書

自己欺瞞と自己犠牲 (双書エニグマ)

柏端 達也 (著)

勁草書房、2007



前置き

本書は自己欺瞞の部と自己犠牲の部に分かれている。一応2つは別の話だと思うが、どっちも完全に合理的な主体を前提にはありえないような「不合理」の話になっている。どっちの部も、恐しく濃い内容が淡々と書かれているので簡単ではないが、どっちかというと自己犠牲の方がわかりやすいと思う。自己欺瞞の方は話の構造が見えにくく、最初はよくわからなかった。

しかし読み返していたら、前半(自己欺瞞の部) の論旨が少し整理できたのでまとめておく。

日常

最近更新してなかったのでまとめ書き。

  • 書こうと思って書かなかったこと
    • 企業にとって成功とは何か。あるいは企業にとって「利益」とは何か。
    • ソフトウェアは概念でできている。機械や動物を人間的でないものの例にだすのはよくない。
  • 最近心にのこったスレ
    • 腐女子にありがちなこと . 豚速(`・∞・´)
      • 自分で自分につっこむ(「~クン神←ちょw」みたいなやつ)
      • やけにorzと\(^O^)/オワタを使う
      • なぜか第三者的な自己紹介(「かまってやってください」とか「基本雑食のようです」とか)
      • 性別:生物学的には女
  • 近況
    • 研修がぬるい。
    • Project EulerはProblem17までおわった。
  • 最近印象に残った言葉
    • 「perfumeをヘヴィーローテですか。」
    • 「テンポが早くて、ノリノリになれんじゃないないですか!?」
  • 最近やったこと
    • 博論の評者
    • おかげさまでひさびさにTeXを書いた。
  • 最近読んでいる本
    • 自己欺瞞と自己犠牲
    • 一人称複数の知識というトピックに感心した。
      • 一人称の知識の明証性にばかり注目があつまるが(「われ思う」とか)、「われわれ」の場合でも結構同じことが言えちゃうという。
  • 最近読みたい本
    • SF。無性にSFが読みたい。でもヒューゴー賞受賞作がどっかいってみつからない。



学習

オートマトン・言語理論 (基礎情報工学シリーズ)

富田 悦次 (著), 横森 貴 (著)

森北出版、1992


本文は4章まで。演習は3章まで終わった。4章が一番のヤマだったのでもうすぐ終わる。

しかし、依然としてよくわからん部分があるのでまた別の本でも読もうと思う。


これが終わったら通勤用の本をまた考えねばならない。

線形代数か情報論理にしようと思うけど、どうしようかなあ。




IMEの辞書からSKKの辞書

2ch顔文字辞書がほしくてIMEの辞書からSKKの辞書に変換しようと苦労していた。

以下かなり適当。Windows環境。


メモ

  • skk辞書はeuc
  • skk辞書では"/"、";"が使えない。(concat なんちゃら) で変換せねばならないらしい
  • skk辞書のソートルールはよくわからないが、SKK辞書ツール(skkdic-expr2) というものを使えばソートしてくれるらしい(ごめんちゃんと調べてない)

まず以下のrubyコードを書く。ime2skk.rbとして保存。

require "kconv"

def ime2skk(fname)
    r = ""
    Kernel.open(fname) do |io|
        while !io.eof?
            if /^([^!]+?)\t(.+?)\t.+$/ =~ io.gets
                p = ""
                tmp = $~
                if /[\/;]/ =~ tmp[2]
                    p = tmp[2].gsub(/\//,"\\\\057").gsub(/;/,"\\\\073")
                    p = "(concat \"#{p}\")"
                elsif
                    p = tmp[2]
                end 
                r += "#{tmp[1]} /#{p}/\n"
           end
        end
    end
    return r
end


def main(source)
    r = Kconv.toeuc(ime2skk(source))
    print r
end

main ARGV[0]

この結果を、skkdic-expr2.exeを使ってソートします。

skkdic-expr2は以下のサイトからwindows用を頂きました。

SKK関係のツール


2つのプログラムをつなぐために無駄にバッチファイル書いた。ime2skk.batとして保存。

@echo off
ruby ime2skk.rb %1 | skkdic-expr2.exe > %2

バッチファイルには、IMEの辞書名と新しくつくるSKKの辞書名をわたします。

IME辞書は↓から頂きました。


ime2skk.rb, ime2skk.bat, 顔文字辞書を同じディレクトリにおいて以下のコマンドを実行します。

ime2skk.bat ime_std.txt 2ch.dic

2ch.dicというファイルができたので、これをSKKに辞書登録しておしまい。

(゜д゜)ウマー

再配布はダメなのでアップロードできないが身のまわりの数人に贈呈し、喜ばれた。

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著者について

赤田敦

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