就職

以前から思っていたが、研修も終ってなかったし言わなかったが、やっぱ社会人は楽だと思う。

なぜ楽だと感じるか考えてみたが、


  • そんなに高いレベルのことは要求されない
    • (平均的な人ができる以上のことは、現実的じゃないので要求されない)
  • 簡単に手応えが得られる
  • (研究者などとは違い)、求められたことをやればOK

というあたりにポイントがある気がする。


たまに「あのまま進学していればどうなったか」というのをシミュレーションするが、ちょうどこの逆のことをしなければならなかったのだろうと思う。

(高いレベルの成果を出さねばならない / 手応えが得られない / 求められたことをやってもダメ)。

あと1つの専門に特化しなければならないのも、飽きっぽいわたしにはちょっとつらい。その点社会人はどちらかと言えば、ジェネラリスト的にいろんなことをしなければならないので、比較的わたしに向いていると思う。

学生は拘束時間が少ないのはいいけどね。


世の中には「学生に比べ社会人がいかに大変であるか」を強調する人が多いが、アレは基本的にウソだと思うんだ。以前からウソだろうと思っていたが、やはりウソだった。

思うんだけど、みんな本当は大変じゃないのに無理矢理大変にして、「あー大変だ大変だ」って言いたがっているところがあると思う。なぜなのかというときっと社会人は学生と違って、「自分はとても我慢して働いて会社に貢献している」とまわりにアピールしなければならないからだろう。そういうことをつづけている内に自分や他人に嘘をつく癖がついてしまうのだろう。大変だなあと思った。

というか、これは学生時代に誰かに教えてほしかったのだが、要するに社会人が「大変だ、いそがしいいそがしい」と言うときは、発言にそういうバイアスがかかっているので気をつけた方がいいよということだ。

(あと、そもそも学部生と院生の大変さはだいぶちがうし、大半の人は学部だけを見て、「学生は楽だ」と言っているのもあると思う)。




読書

考える脳・考えない脳―心と知識の哲学 (講談社現代新書)

信原 幸弘 (著)

講談社、2000


これは良い本だった。

コネクショニズム、ニューラルネットワークの解説が丁寧。

ニューラルネットワークの実装とかやってみたいなあと思った。こうやって新書レベルで丁寧に解説されると自分でもできそうな感じがする。

計算主義(要するに論理的推論)を脳に対し外在的と捉えるのは、同意できる部分も結構あり。


柏端達也さんあたりも、論理を社会規範の一種として、「われわれ人間が持っているルール」と捉えているようなところもあり、その辺は近い部分もあるのかなーと思う。『自己欺瞞と自己犠牲』の最初の部分で「自己犠牲は、机上でしか研究できない」と書いているあたりを見てそう思ったのだが。



ひそかに考えていることを小出しにしておくと、社会的実践の研究というのは、まさにその計算主義的な研究であるべきなのではないかと思う。

(誰も同意しないだろうし、そもそもかなり説明不足なのだが、少なくともわたしはそう思う)。

というか、もっとくだいて言うと、「社会学」という学問は、本来柏端達也さんがやっているような研究をするべきものなのではないかと。


さらに大雑把なことを言うと、人文学というのは本来すべてセマンティクスの研究だと思うんだ。

そんでセマンティクスの基礎は集合論と述語論理じゃないか。離散数学じゃないか。

だから社会学科では、統計じゃなくて離散数学を必修にすべきだとひそかに心のなかで思っている。

(解析をやる人がいてもいいけど。質的研究とミクロの方は離散系なんじゃないかなあ)。




勉強

高橋 伸夫 (著)

朝倉書店、1993


M山とふたりで (shimがときどき参加するけど、別の自習をしている) この本を読んでいっている。

忘れない内に書いておくが、複合的な賭けをつかった証明の箇所がおもしろかった。


賭けの賞品として賭けの参加チケットが得られ、そのまた賞品として別の賭けに参加できるという複雑な賭けが証明に登場する。

「ルーレットの賞品として競馬のチケットがあたり、競馬の賞品としてまた別のルーレットのチケットがあたる賭け」と

「競馬の賞品としてルーレットのチケットがあたり、ルーレットの賞品としてまた別のルーレットのチケットがあたる賭け」

の2つを比較しても得られる効用は変わらないというのが証明の主旨なのだが、「そもそも、そんな絶望的な賭けには絶対参加したくない」という意見でまとまった。

ボルヘス的な世界というか何というか。

コメント(2)

# итОген

>社会人は楽
君の能力が高いという事も大分大きそうだ。
いや院生は大変な社会人よりも更に大変というだけの事か。

>みんな
本当は大変じゃないのに嘘を付かざるを得ない奴も中にはいるのかも知れないが、能力が高いのだろう。実は沢山存在する本当に余裕の無い者らの反感を避ける効果もありそうだ。

能力がなまじ高い為に、大変だという発言をそのまま信じられず、きっとバイアスが掛かっている筈だというバイアスが掛かってしまうのではあるまいか。丁度君の片付けの出来なさ度合いやコーヒーをこぼしまくる不注意度合いを私が理解するのが感覚的に難しいのと同じ様に。

(2008/06/29 1:02)
# at-akada

>君の能力が高いという事も大分大きそうだ。
>いや院生は大変な社会人よりも更に大変というだけの事か。
自分の能力が高いとはあまり思わないのだが、苦手な部類のこと (活発に動きまわるとか、物を整理するとか) をしなくてよい立位置にいるとは思う。
院生の方が大変だと感じるかどうかは人によりそうだ。
(わたしは大変だと感じるが)


>能力がなまじ高い為に、大変だという発言をそのまま信じられず、きっとバイアスが掛かっている筈だというバイアスが掛かってしまうのではあるまいか。
もしかするとそうかもしれない。「もっと楽にやれそうだけどなー」と思ってしまうが、本人にとってはそうではないのかも。


あとときどき「社会人楽だなー」という人もいるが、概してその手の人の方が声が小さいという印象はある。

(2008/06/29 21:14)

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