2008年7月

ジャンルは流通で決まる

ということを思った。本屋のどこの棚に置かれるか(そもそも本屋なのか?コンビニなのか?)とか。



理解したいという欲望がある

理解したいという欲望がある、と思う。

あと「本気を出したい」という欲望がある。

だから、その2つの欲望を満せる場所に行けばよいなあと思った。


あと最近割と「モテたい」と思っている。



努力すれば夢はかならず叶うということについて

努力すれば夢はかならず叶うということについて考えていた。

ひねくれた精神をもった人々は、努力しても夢はかなわないと思うかもしれない。

しかし、わたしは考えた。

まず「努力」とは何か。ひょっとすると「目標の達成に結びつく行動」という意味かもしれない。

つまり、目標が達成されなかった場合、そこには一切の努力が存在しないことになるのかもしれない(だって目標が達成されてないからね)。

つまり、「努力すれば夢はかならず叶う」というのは、「ひとりっこにはかならず兄弟がいない」であるとか「商人はかならず商行為にたずさわっている」というのと同じような種類の命題なのかもしれない、と思った。

だとすれば、これを疑うのは馬鹿げたことである。



本メモ

お勉強用。ゲーム理論とか決定理論とかの、哲学的背景とか考え方が知りたいので、その辺が詳しく載っている本を探している。


マーティン ホリス (著), Martin Hollis (原著), 槻木 裕 (翻訳)

晃洋書房、1998


決め方の科学―事例ベース意思決定理論

イツァーク ギルボア (著), デビッド シュマイドラー (著), Itzhak Gilboa (原著), David Schmeidler (原著), 浅野 貴央 (翻訳), 松井 彰彦 (翻訳), 尾山 大輔 (翻訳)

勁草書房、2005



本棚さらし

本棚じゃないところに本がたくさん積み上げられている。

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http://www.at-akada.org/archive/#002

新刊を出そうと思いましたが、スケジュールが間に合わず以前と同じ忍者小説集を売ります。

場所は

  • 西地区"る"ブロック30b

です。


お気軽に足をお運び下さい。

同人誌の新作をつくろうと思っており、mmwwと「そもそもわれわれは何をしたいのか」というブレストをした。

電子化しないとすぐ忘れるのでここに記す。


  • 文学フリマ申し込みにあたり、PR文を書きたい
  • 前回のPR文は、
    • 「何者なのか」
    • 「何がしたいのか」
  • がまるでわからなかった。
  • 文章が悪いというか、そもそもサークルに「何がしたいのか」というコンセプトがない。
    • 単に友達を集めただけなので、コンセプトがないのは仕方ないとも言えるが、何もないわけではないだろうし、今後のために明確化してもいいだろう。
  • 改めて何がしたいのか振りかえってみよう
  • 忍者小説を出していたので、よく「忍者好きなんですか」と聞かれたが、それは何か違う。
  • どちらかと言えば忍者は好きだが、別に忍者小説をずっと書きたいわけではなく、たまたま選んだテーマだっただけ。
  • 「手垢のついたモチーフを使いたい」という嗜好があって、その1つとして忍者がでてきたという感じ
  • 改めて基本的な目的を振り返ると「小説」「よい小説」ということになるだろう。「よい」の中身が何であるかは別にして。
    • (mmwwから「革命」という意見が出たが、わたしはちがうと思う)
  • 理想の読者は?
    • わたし(赤田)としては、
    • 特に何の先入観もなくやってきて手にとり、
    • 「変な小説だな」「おもしろいな」と思ってもらえること
    • 基本的な対象は小説が好きな人ではあるんだろうと思う
  • やりたいことではないのは何か?
    • 純文学ではない。
    • 文壇に乗り出したいわけではない。
    • 特定のジャンル小説にこだわりがあるわけではない。
      • SFがやりたいとかミステリがやりたいとか、そのつどそのつど手を出すことはあるが、1つのジャンルに強いこだわりがあるわけではない。
    • 二次創作とかモロにオタク文化なことがしたいわけではない。
    • 同時代性は特に出そうと思っていない。ゼロ年代はどうでもいい(カイジは好きだが)。
    • 大体最近の批評とか文学などは、ごくごく狭い同時代性にとらわれすぎだと思う(わたし(赤田)の意見としては)。
    • もっと100年とか1000年のスパンで考えたい。
    • 100年前からあるようなものが好きだ。
  • 大事にしたいものは何か?
    • mmww曰く「教養」
    • 「教養」という言葉がふさわしいかどうかは別にして、
      • 古くからあるもの
      • 陳腐なもの
      • 紋切り型
    • などに対する愛はある
    • といって、陳腐なものそのものがしたいわけでもないが、手垢のついたモチーフを使いたいという意志はある
      • (ただしわたし(赤田)はどっちかというと、陳腐なことをそのままやるのでもよいと思っている)。
    • あとエンターテインメント志向ではあるかもしれない
    • でも別に本気でエンターテインメントがしたいわけでもない
    • 先鋭的だったり何かしら新しいことをめざしたいという気持ちもないではない
  • 「新しいエンターテインメント」っていうとwiiとかだよね
    • 別にwiiみたいなことがしたいわけではない
  • わたし(赤田)としては、「変なことがしたい」という意志はある
  • 「変」とか「新しい」というのは、何を標準とするかで変わってくる
  • あと100年前からあるようなものを使いたい(古典主義)
    • 新しいものというのは100年前からあるもののつづきだと思う
    • 100年前からあるものを使わないと新しいものをつくれないとも思う。
    • それはちょっと一般論すぎる
  • ただ紋切り型に対する愛は、意味も何もなく、「ただ愛している」という部分もある。
    • しかし古典のルールに従いたいというよりは「使いたい」の方に近い
  • そもそも紋切り型って何か
    • 神話?
    • 神話よりは、大衆文芸とか。
    • 具体的には「ゾンビ」とか。
  • そもそも紋切り型に目をむけることで何がしたいのか?
    • 小説とかお話が好きだからという部分はある
    • でもあまりブッキッシュになるのは違うのでは。
    • あんまりボルヘスみたいな方向に行くのはどうかなあ。
    • お話自体に着目するよりは、お話をつくりたい。
    • わたし(赤田)としてはボルヘスは好きだが、そもそもこれまでそういうことをしてきたかというとしてきてないし、確かにそれをやりたいわけではないのは賛成
  • ところで小説は何にむいているのか
    • 小説の小説ならではの部分とは何か
  • mmww曰く「しくみを説明すること」
    • しくみって?
    • ビジネスとか
    • そういえば経済小説とか経営理論の啓蒙小説っていっぱいあるよね。
    • 馬鹿にされがちではあるが、啓蒙は重要だと思っている(わたし(赤田)は)。
    • 空間的ものは苦手
    • とりわけアクションとか殺陣になると、漫画や映画には勝てない
    • 行動の理由を説明したりするのが得意ではないか
    • 心情の描写とか
  • わたし(赤田)としては小説のよいところは「不純なところ」だと思う。
    • 小説には何でもつめこめる
    • たとえば蘊蓄を延々と語ってもいい
    • 無駄な部分がたくさんあってもいい
    • 音楽や詩の名作というのは、無駄な部分を削ぎおとした凝縮されたもの
    • 一方、小説の名作は、無駄がたくさんあって物量的にも大きなもの
    • たとえば『ドンキホーテ』などを想像されたい
    • 過剰さであり量が多い
    • 過剰さは重要だなあと思う
    • 隙だらけなものがいいと思う
  • 「お話より」「文章より」でわけると、いわゆる文学は「文章より」のものを評価しがち
    • 戦後文学自体がそういう方向に向っていった部分はあると思う
    • 密度の濃いものであったり、文体などを評価しがち
    • 世の中にそういうものがあってもかまわないが、われわれがしたいのはそういうことではないと思う
  • もっと「おもしろいお話」とか「魅力的なキャラクター」をつくりたい
    • 話の筋論争」においては芥川ではなく谷崎につく。芥川がストーリーテラーでないとも思わないが。
  • わたし(赤田)の個人的な趣味になるかもしれないが、わたしが特に「おもしろい」とか「こんなことがしたい」と思うのは、
    • 頭を使った作品
    • アイデアを使った作品
    • 工夫とかしかけとか、悪い言葉で言えば「作為」のあるものの方が好き
    • 「作為」とか「ねらっている感じ」というのは、見ようによっては、自然で内発的な表現ではないという言われ方もするが、個人的にはそっちの方が好きだ。
      • この場では言わなかったが、個人的に「アイデア志向」ということで理想とするのは藤子・F・不二雄とか吉田戦車とか、作家で言うとG.K.チェスタトンなどである。
      • なんかもっと「素」で「自然体」なものは、憧れはするが、自分でしたいとは思わないなあ
    • 叙述トリックとか、読者の期待を裏切ったりとか、読者の期待とたわむれるようなものは好きだ(作為的だから)
    • 要するに、ゲーム的なものが好きだ
      • どんなゲームが好きなのか
      • ゲームそのものはあまり好きじゃないけど、パズルは好き


ブレストを機に、以下サークルの方針ではなく、ここ数年の自分の嗜好を振り返ると「普通の人のための」「積み重ねられたもの」が好きだなあと思う。

J.L.オースティンは、哲学史のことを「独創の不毛な反復」と非難し、哲学を「蓄積の効く科学」にしようとしたという話を聞いたことがある。

哲学にかぎらず、小説でも何でもそういうものであるべきだとわたしは思う。もっと「特別でない普通の営み」になってほしいと思う。

普通の人が、過去の蓄積をもとに、少しずつ新しい成果を残せるようになること。チームで作業ができること。オープンに議論ができること。わたしにとっての理想はそういう状態だ。

天才がやってきて、すべてぶちこわして新しいことをしました、というのはあまり好きではない*。

* お話として憧れはするけれど、それはただのお話だと思う


本当に重要な仕事というのは、100年後のために、100年前からあるものに何かを付け加え、数年数十年の後に乗り越えられるものだと思う。

原理主義が好きなのも同じ理由だ。スポーツマンシップだと思うんだ。ゲームで負けたからと言って、命を取られるわけでもないし、尊厳が傷つくわけでもない。変に「みんな正しいみんな正しい」みたいなことは言わず、全力でゲームに取り組み、全力で相手を叩きつぶそうとして、勝ったり負けたりして、終わったら握手でもすればいいじゃないかと思う。

もちろん、世の中そんなゲームばかりなわけじゃないのは知っているけれど、わたしにとっての理想はそういう状態であるかと思う。

AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫 た 1-4)

田中 ロミオ (著), mebae (イラスト)

小学館、2008



最初に

こんなタイトルだしサブタイトルだしあんな序章だし、こんな表紙だしあんな帯なので、この小説がどんな話か知る前に「あー学園でファンタジーで悪と戦ったりするラノベなのね」と読まない人がいるのではないかと思う。

なので、最初に謎を解いておきたい。

まずタイトルの

  • AURA

は、作中では、「クラスの目立つ奴などから感じられる圧迫感(人間力)」という意味で使われている。

サブタイトルの

  • 魔竜院光牙最後の闘い

というのは、主人公の妄想脳内設定である。序章も同じ。

ヒロインは魔女服を着ているが、これはヒロインの脳内設定に基づくコスプレである。帯には、ヒロインの不思議なセリフが書かれているが、これはヒロインの脳内設定である。


要するにこれは、ファンタジーな要素など一切ふくまない、厨二病 / 邪鬼眼妄想 / 脳内設定 / 戦士妄想をテーマにした小説なのである*。

* ふつうに何の予備知識もなく読みはじめた場合、1章が終わるくらいまではそのことに気づかず、ふつうに学園ファンタジーで悪い人と戦ったりする話なのだろうと思うだろうから、これはネタばれなのだが、バラしちゃった方が間口が広がるかなーと思ってバラした。ごめん。



邪鬼眼について

邪鬼眼妄想については以下などを参照されたい。

中学の頃カッコいいと思って

怪我もして無いのに腕に包帯巻いて、突然腕を押さえて

「っぐわ!・・・くそ!・・・また暴れだしやがった・・・」とか言いながら息をを荒げて

「奴等がまた近づいて来たみたいだな・・・」なんて言ってた

クラスメイトに「何してんの?」と聞かれると

「っふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・」

と言いながら人気の無いところに消えていく

テスト中、静まり返った教室の中で「うっ・・・こんな時にまで・・・しつこい奴等だ」

と言って教室飛び出した時のこと思い返すと死にたくなる



この小説

基本的には、過去を忘れて高校デビューした主人公が、邪鬼眼妄想まっただなかのヒロインに会い、クラスでの地位を下落させたり、イジメなどの問題に直面したり、でもいろいろあって乗り越えて、クラスでの権力闘争を戦い、ハッピーエンド、みたいな話である。


テーマはアレだが、とてもよくできた学園小説でいい話なので、邪鬼眼でグっとくる人などはぜひ読むとよいと思った。

あと完全にあっち側の世界にいっちゃってるヒロインがちゃんと魅力的に描かれているのはすごいなあと思った。


痛さとボーイミーツガールとハッピーエンドという意味で、私が思い出したのは

などでした。




邪鬼眼とラノベ

ところで「不思議な物事があってほしい」「自分は選ばれた特別な存在であってほしい」「不思議な能力を行使したい」などなどという思いは邪鬼眼妄想の種であり、ライトノベルを読む主たる動機の1つであると思う。なのでしばしばライトノベルというメディア自体邪鬼眼妄想のすくつであるわけだが。


この「不思議な物事があってほしい」という思い自体を主軸に据えたラノベと言えば、『涼宮ハルヒの憂鬱』である。しかし今にして思えばハルヒ自体は、この手の妄執のアクと痛さを脱色することに成功していたと思う。

たぶんこの「痛さ抜き」の過程では、「宇宙人、未来人」という言い方の素朴さが重要なんだろう。

「普通の人間に興味はありません。この中に、この宇宙を支配する情報統合思念体によってつくられた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスがいたら今すぐわたしのところに来なさい」とか

「《鏡面界》最強の剣士魔竜院光牙がいたら今すぐわたしのところに来なさい」

だとだいぶ救いがたい感じがする*。

* 並べてみて気がついたが、「情報統合思念体」の方が設定に工夫が感じられる分、「痛い」というより、「ほう。それは一体なんだろう」みたいな感慨に傾きがちである。「最強の剣士」の方がだいぶマズい感じがするが、これはきっと発想の安易さによるものだろうと思われた。

そういった意味では、AURAのヒロインの妄想はそれなりに考えられているのだが、SFなのかオカルトなのかよくわからないあたりがよくないのではないかと私には思われた(少なくとも主人公の妄想設定よりはよくできている。これは中学生と高校生の差かもしれないが)。むしろこのヒロインの場合、設定の痛さよりは、それを本気で日常生活にとりいれようとする精神面のヤバさの方がきわだっている気もしないでもない。


一方AURAの場合、むしろ徹底してこの痛さの部分に向き合おうとしている点で、裏ハルヒ的な位置付けになるかと思った。

というか、ヒロインの脳内設定はもろにハルヒ(長門)であるわけだが。


↓そういった意味で、このスレなどは非常にAURAに近いのではないかと思う。

* 見つからないと嘆いていたら、twitterで教えてもらった。



邪鬼眼と私

人文系の大学院には意外に邪鬼眼の人が多いのである。

わたしが院生時代に出席したあるゼミでは、

ボードリヤールで言うと、透明な悪に犯された状態ですね(自己紹介で)」

すべての意味を剥奪されるっていうのはそんな甘いものじゃないんじゃないかなあ

などの過激な発言が多く、笑うべきところだと思わる状況なのに誰も笑わない (真面目に聞いてるやつすらいる) という状況に頭を抱えた。


このように、意外と大人になっても抜けないというところに邪鬼眼妄想の難しさがある。

というより、「不思議な物事が起ってほしい」「特別な力を行使したい」という思い自体は下手をすれば一生残存するものなので、なんとかそれと折り合いをつけて生きるしかないのではないかと思います。

アイデア

少し前に「なぜxxxなのか」という疑問形のタイトルを冠した新書が流行った。最近は、否定命令形「xxxするな!」や「xxx力」というものが多い(もはや下火かもしれないが)。

次のバリエーションとして、「なぜxxxなのか」という疑問形の変形なのだが、誰も疑問に思ってないのに勝手に断定するというものが流行ればよいと思った。


例.

  • 「さおだけ屋はなぜ永遠の繁栄を約束されているのか」
  • 「仕事ができる人はなぜ服を着ないのか」
  • 「若者はなぜ3年でセミの幼虫になるのか」



感想『崖の上のポニョ


ポニョ見ました。とりあえず「変な話だなあ」というのが第一印象。

ひとまず、わたしは宮崎駿の絵でクラゲが舞っているところを観られればそれで満足なので開始5分でもう元は取れた感じ。妄想を膨らませるとどうも宮崎駿もそう思っている節があって、

「おれのアニメーションで宮崎駿的な世界観とスペクタクルとファンタジーとハッピーエンドを観せればそれでいいんだろ? 映画の7割の部分まではそれでつくるよ。興業的にもそれで十分成功するだろ?」

「だが、そこから先は好きにやらせてもらう」

などと考えていそうだ。


基本的な筋は人魚姫で、海の世界で魔法でファンタジーで、ちょっとリベラルな家庭がでてきて、みんな幸せになりましたというストーリーなので、まったくもって難しい話ではないんだが、はしばしで、すっきりしないもやもやとしたものを感じる。

たとえば、「ラピュタ」とか「トトロ」って構成がすっきりしていて、まっすぐハッピーエンドに向かうシンプルな話じゃないか。観客が納得するお話と演出を提示するという仕事をほぼ完璧にこなしていると言ってもいいと思う。

でも「もののけ姫」以降の宮崎駿ってなんだかすっきりしない。構成がおかしかったり、演出がおかしかったり。筋が通っていない部分が混ざっている。

ずっと「これってなんなのかなー老いたのかなー」と思っていたのだが、今回のこれで、「わざとなのかー」という確信が深まったかもしれない。


たとえば、「崖の上のポニョ」でも、途中で「このままでは世界が滅びてしまうー」っていう展開になるんだけど、その部分の描写が完全におかしい。だって世界が滅ぶ危機だって言ってるんだけど、誰も慌ててない。本来の話の筋からすれば、「すごい危機を魔法と勇気で解決する」みたいな描写になるはずなのに、そうしない。

街が洪水で海にのまれてるのに、出てくる人はみんなボートに乗って楽しそうなんだ。子供連れの若い夫婦が船に乗っている平和な光景が描かれていて、「これ死んだ人?」って一瞬思うんだけど、そういうわけでもないらしい。あと街の人が集団で大漁旗をいっぱいつけた船を漕いで「わっせわっせ」って言ってて、なぜかそこだけ夢の中みたいな描写になる。

だってふつう、「世界の危機だ!」っていう場面で、赤子を抱いた若い夫婦が平和にボート乗っている場面は出さないよなあ。宮崎駿がそれを理解していないとも思えないので、わたしのなかでは「たぶんこれはわざとやっているんだろう」という結論に達した。なんでそんなことがしたいのかはよくわからないが。

でも考えてみると、これが宮崎駿じゃなくて、諸星大二郎とかだったら、「このシュールな演出! さすが諸星大二郎!」と思うかもしれない。だからひょっとすると宮崎駿のイメージに捕われずに観ると、「これが彼のやりたかったことで、彼はこれができて満足」ということなのかもしれないと思った。

でも諸星大二郎の漫画に、宮崎駿的なファンタジーやメルヘンやハッピーエンドが出てきたりはしないじゃないか。それが出てくる一方で、何やらシュールな演出が混ざっているので、すごく変な感じがする。6、7割はふつうに宮崎駿のエンターテイメントなんだけど、残りの3、4割の部分に変な演出や筋の通らない説明が混ざっている感じ。


あと個人的には、ポニョのお父さん(フジモトさん)がよかった。ポニョのお父さんは悪い魔法使いなんだが、「かっこいい変態」という印象。

あまり説明されていないが、どうも自分で遺伝子を改造して人間をやめたみたいな感じらしい。カンブリア紀だかデボン紀の海を取り戻すために研究をつづけていて、海の時代が回復した後に生きる新しい人類を造り出すために、ポニョやその兄妹をつくっているようだ。「チョコレート工場のひみつ」の工場長などと同種のタイプらしく、「人間はいまわしい!」みたいな香ばしい発言が多く、なかなかの好人物だった。

「崖の上のポニョ」はshimと一緒に観たのだが、見終わったあとしばらくこの「デボン紀の海」が流行っていて、「フジモトさんは目標に向って行動していてえらいなあ」とか「きみも自分なりの『デボン紀の海』をみつけなきゃいかんよ」などと言っていた。




学習

キーポイント線形代数 (理工系数学のキーポイント)


通勤電車のなかでは数学の教科書を読むことにしているわたしです。教科書にペンをはさんで余白で演習問題を解くことにすれば、意外と計算問題も解ける。満員電車のなかで演習を解いているとはためには変な感じだが、随分慣れてきた。

あまり線形代数がわかった気はしないが、この本ももうすぐ終わる。

どうもこれくらいのレベルだと、「意味はわからんがとりあえず対角化の方法を覚える」みたいな感じで、何に使うのかよくわからないまま方法だけ覚えているので、なかなか腑に落ちない。たぶんもう少し深くやったり繰り返しやったりしないとモノにはならなさそうだ。


それはそれとして、次の通勤数学本を何にするか考えねばならない。

今考えている候補は、

  • 情報論理
  • クワインの『論理学の方法』
  • 微積
  • 圏論
  • 線形代数をもう1冊

のどれか。


微積は正直あまり気がのらないが、後回しにするともっとやらなさそうなので早い内にやっておくとよい気もする。

個人的には離散系をもっとやりたいと思っているので、モチベーションが高い内に論理系をやるのもよいように思う。圏論には関心はあるが、本を新しく買わないといけないし、もっと後でもいいかなと思っている。

線形代数をもう一冊というのも後回しでよさそうなので、今のところ堅いのは、論理学か微積分だなあ。

まえおき

インターネットとかWWWとかパソコン通信とか、ちょっと似てる複数の語彙がごちゃごちゃになっている人も多いだろう。

わたしが理解している範囲で解説し、整理してみるから、聞け。

(なんでこんなこと書いているのか自分でもよくわからんが気がついたら書いていた.せっかく書いたので公開する)。


まず広義の「インターネット」というのは、要するにネットワークとネットワークを結びつけて巨大なネットワークオブネットワークをつくってしまう技術のことだ。

たとえば、「インター」ナショナルといったら、国(ナショナル)同士の関係のことだよな。それと同じように、「インター」ネットと言うのは個々のローカルなネットワークを結んだもののことだ*。

* 関係ないけど、インターナショナルの替え歌で「インターネット」って歌があってもよさそうだな。


昔あったパソコン通信というのは、ネットワーク同士をくっつけたものじゃなくて、ただのローカルなネットワークなのだな。


昔昔えらい人が、「企業とか研究所がつくってるローカルなネットワーク同士をぜんぶくっつけたらおもしろくね? こういうしくみにすれば実現できそうだ」って考えて、ちゃんとそのためのしくみを考えて、実際に実装してプレゼンして、いろんな人を説得して、ということをしたんだ。

その結果実現したのが今日のインターネットであるという風にまずは理解されたい。

上のWikipediaの記事にもちらっと書かれているけど、基本的には、IP(インターネット・プロトコル)というしくみをつかって、複数のネットワークを結びつける技術一般を「インターネット(a internet)」と呼ぶ*。そして、その現存する唯一の実装例がわれわれの知っている今日のインターネット(The Internet)であるという風に考えればいいと思う。

* IPがないとインターネットじゃないのかどうかはよくわからんが、そういう風に考えた方がわかりよいと思う。


もう少し詳しい話は以下、順をおって説明してみる。



プロトコル

インターネットのことを理解するためには、まず「プロトコル」というものを理解しなければならない。


プロトコルというのは「儀礼」といったような意味だ。マナーとかルールのようなものをイメージすればよい。難しい言葉で言えば「規約」と呼ばれるようなものだ。インターネットはこういうプロトコロル(ルール)が何種類も組み合わさってできている。

通信のためのプロトコルは、複数の人々がお互い安心して通信できるようにするための手順とか取り決めを定めている。


具体的には、

  • どうやってお互いのことを認識するかとか
  • どうやって通信をはじめるか
  • どうやってデータを送るか
  • 途中で通信がとぎれたらどうするか
  • どうやって通信を終えるか

などに関するルールを集めたものがプロトコルだ。


ところで、マナーとかルールというものは概して、「どれか1つに統一されていなきゃいけないが、本当はどれでもあまり変わりがない」という性質を持っている。

ある哲学者が、意味がないけど役に立つ慣習の例として、「電話が途中で断線したときに、かけた側とかけられた側のどちらがかけ直すか」についての取り決めをあげていた。これなんかまさに通信プロトコルを思わせる例だと思う。

「必ず電話をかけた側がかけ直す」という風に決まってさえいれば、どちらがかけ直すか悩む必要もないし、同時にお互いが電話をかけてしまって結局つながらなくなるなんてこともない。こういうのは要するに、1つの標準的なルールが定まっているということが大事なんだ。

人間同士の場合は、なんだかんだツーカーでなんとかなる部分もあるが、コンピューター同士ではそうはいかない。コンピューターや、特に通信にかかわる技術の場合、こういう細かなルールをガチガチに決めておくのが大事なことなんだ。



プロトコルの階層


上の記事を見てもらえばわかるが通信プロトコルは階層になっている。

これは一般的にも通用する話だと思うが、マナーやルールというのはしばしば階層になるものなんだ。


日常的な例で言うと、どんな会話でも基本的な日本語のルールや会話のルールには従っているだろう。われわれは、基本的な日本語や論理や会話のルールに従ったさらにその上で、会議特有のルールや合コンのルールなどのローカルルールに従ったりするのだ*。

* 話は脱線するけど、エスノメソドロジー/会話分析の人が研究している発話の順序交代の規則なんか、すごく通信プロトコルに似ていると思う。

すごく簡単に言うと、会話交代のポイントで次に話す権利を持った人の優先順位があって、「1.話をふられた人」「2.今まで話してた人」「3.一番最初に口を開いてた人」っていう風に決まってて、みんな知らず知らずの内にこのルールに従っているというような話があるんだ。

時間や場所などのかぎられたリソースを複数のエージェントがうばいあうという意味では、会話も通信もそれほど変わりないのかもしれないなどと思うとおもしろい。


いずれにせよ、より包括的な緩いルールに従った上で、それぞれの場面やそのつどの目的に合わせ、もっと限定された細かいルールに従う、なんていうのはよくある話じゃないかと思う。


そんで、要約本題らしい話になってきたが、インターネットの根幹を為すプロトコルがIP(インターネット・プロトコル)と呼ばれるものだ。「IP」アドレスやTCP/「IP」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。あれがIPだ。


細かい話になるとわたしもよくわからないが、基本的には、IPアドレス(住所のようなものだ)というものを割り振ってお互いの居場所を特定したり、通信の経路を決めたりするのがIPのシステムだ。

あとよくTCP/IPって言うけど、インターネットの大部分は、TCPっていうプロトコルとIPっていうプロトコルを基礎にしている。ごくたまにTCPの部分がUDPというプロトコロルになっていることもあるけど(動画を送る場合とか)、基本はTCPとIP。

IPは絶対で、ほとんどの場面で使われているのがTCPって感じだな。

IPがお互いの居場所を特定するためのしくみであるのに対し、TCPは通信がはじまってから終わるまでの基本的な「流れ」を定めたものだ。



WWWとか

そんでインターネットというのは、このIPとTCPに従った上でさらにいろんなプロトコルを使っている。

たとえば、メールを送受信するためのSMTPとか、HTML文書を共有するためのHTTPとか、いろんな目的ごとにいろんなプロトコルが使われている(全部「P」の部分は「プロトコル」の略な)。


WWWとかWebというのとインターネットを混同している人も多いと思うが、WWWというのは、インターネットを使った通信のしくみの内の1つにすぎない。

たとえば、メールとかネトゲとかスカイプとかはWWWじゃない。

インターネットの基本的なしくみを使ったいろんな技術の内の1つがWWW。

もっと具体的に言うと、HTTPというプロトコルを主に使って、HTMLという言語で記述された文書を共有するしくみがWWW。WWW上の文書を見るためのソフトがIEなどのブラウザ。むずかしかったら「とりあえずブラウザ上で起っていることがWebなんだな」と理解してもいい。

ティム・バーナーズ=リーというえらい人が、「インターネットのしくみを使って、こういう風に文書を共有したらおもしろくね?」って考えたのがWWWとかWebと呼ばれているものだ。


インターネットがファミコンのようなインフラで、WWWがその上で動くソフトみたいなコンテンツで、しかも「ファミコンと言えばこれ」というくらいに大ヒットして、1コンテンツどころか、多数のコンテンツを抱える一大産業に成長した化け物商品だと思えばいいんじゃないか。


以上説明おわり。

数日前に以下の記事を掲載したつもりだったが、掲載されていなかった。


最近

土日になると、「会社に行きたいなあ。早く月曜日がこないかなあ」と思ったりしているので、これは会社員として理想的ではないか、と思った。

でもこれにはちゃんと理由があって、同人誌をまたつくろうとしているのだが、自然言語で文章を書くのがいやで、逃避して「自然言語やだ。プログラムが書きたいなあ」と現実逃避のまっさいちゅうであり(無駄に正規表現インタープリターをつくったりしているのもその一環といえよう)、会社に行けばプログラムが書けるとわかっているので、そう思ったのだった。

このように、あらためて自分の状況を書くことで「逃げちゃダメだ」という気持ちを新たにした。




読書

人類は衰退しました (ガガガ文庫 た 1-1)

人類は衰退しました 2 (ガガガ文庫 た 1-2)

人類は衰退しました 3 (ガガガ文庫 た 1-3)

田中 ロミオ (著), 山崎 透 (イラスト)


風邪で寝てるあいだにようやっと3まで読んだ。

風評や雰囲気や諸々の直観からして「おもしろいんだろうなあ」と思っていたが、やっぱりおもしろかった。

竹本泉みたいというのは誰でも思うだろうが、竹本泉よりはこっちの方がSF色が強いかも。個人的には「ドラえもん」を思いだした。なぜ「ドラえもん」かというと、2巻の2話のタイムスリップの話(「ようせいさんのじかんかつようじゅつ」)が「ドラえもん」だからなんだけど (ほら、あの5分後のドラえもんとか10分後のドラえもんを呼んできて、宿題を手伝わせる話)。

おそらくほとんどの読者が追いていかれるだろう複雑さだが、このタイムスリップネタは好きだった。

あと2巻の1話の『ぽっぺん先生と帰らずの沼 (単行本)』みたいな話もすごくよかった。今のところ外れなしで全エピソードおもしろい。


どっかで、近い雰囲気と紹介されていた↓このシリーズもいつか読もうと思った。


あと、ゼロの使い魔も読んだ(今3巻の途中)。

結構おもしろかった。ヘキサゴン。


百舌谷さん逆上する 1 (1) (アフタヌーンKC)

篠房 六郎 (著)


さっき読んだ。

「これはきっと自分が好きなものだろう」という直観が働くことってあるじゃないか。

世の中におもしろい漫画や小説なんて腐るほどあるんだけど、おもしろいだけじゃなくて、そんなにすごい作品じゃなくても自分にとってのツボを強く刺激するような作品があると思うんだ。そして、そういう作品って、風評とか語られ方を見ているだけで、「あ、これはきっとおれが読むべき作品」という勘がはたらくことがある。

『人類は衰退しました』もそうだったんだけど、この漫画もそうだったので、買って読んでみた。あたりだった。


↓twitterから再掲。

  • おもしろすぎて続きが読めない本ってあるよな。
  • 読書という行為には一定の平静が必要であるにもかかわらず、ある種の本はおもしろすぎるがゆえに興奮をかきたて、読書をつづけられなくなってしまう。
  • わたしはこれを「おもしろい本のパラドクス」と呼ぶ。
  • 読みつがれる本には一定程度のおもしろくなさが必要なのだろうか。
  • 何が言いたいかというと、『百舌谷さん逆上する』がおもしろすぎて、なかなかつづきが読めない。

(ちなみに、見沢知廉『天皇ごっこ』などもおもしろすぎて読めなかった。百舌谷さんはなんとか1巻を読みおえたが、こっちはいまだに最後まで読んだことがない)。


なんだろう。Amazonのレビューなどでも、「ぜんぶ1人の人が喋ってるみたい」と書いている人がいたが、それはなんとなくわかるな。一応主要キャラクターはぜんぶ小学生の設定なのだが、ときどき素の本音みたいなものがでるのがおもしろい。

百舌谷さんは一応ツンデレという設定になっているのだが、ツンデレの症状が単に病気なので、あまりツンデレじゃない。「ツンデレ」というか「メンヘル」の人みたいだ(ヤンデレ?)。

あんまりうまく説明できないが、↓こういう台詞などがいちいちツボに入ったりする。

「ありがとう樺島君 私ずっと誤解してた / 私絶対 樺島君にはいやらしい下心があるんだとばっかり思ってた / 自分がモテない ウスラデブの童貞でも 私みたいな独りぼっちの哀れな病気の女の子相手なら 優しくさえしてりゃ そのうち自分になびくだろうと小賢しい計算をしてるんじゃないかって」

確かにそういう男とか、薄々それを知りながらかまわれるのを良しとする病気の子とかいるような気がするが、小学生はそんなこと考えないだろ、と思ったり。


痛々しさと諧謔と自虐と、その辺のいろいろが小学生のコミカルな話に昇華されて、適度に毒を抜かれているあたりがポイントなのだろうと思う。

苦境

ちょっと前まで

  • 体調不良(風邪)
  • 台所の配水管故障
  • PC不調(ハードディスクがおかしい)

の苦境に立たされていました。


とりあえず3つともほぼ解決しました。


わたしはえらいプログラマーなので、X86のレジスタの数が10個であることやJavaプラットフォームの仕様を決めるプロセスがJCP(Java Community Process)*であることなどを知っています。あと正規表現インタープリターを自作したりできますが、ハードに弱いのでハードディスクの移行で苦労しました。

* Japan Communist Partyと一緒、と覚えよう。


実のところ、パソコンにはあまり興味がない。プログラムが好きなだけで、PC本体にはそもそも興味がない。たぶんわたしが興味を持つには、具体的すぎるのだと思う。

* 「わたしが興味を持つには具体的すぎる」って、チョムスキーのセリフのパクりなんだけど、なかなかかっこいい言いまわしだと思う。



というわけで、2年前に親にもらったDellのノートPCをずっと使っている。Windows XP Homeエディションだ。

(これを買い与えたとき、親はまさか息子がプログラマーになるとは想像もしていなかっただろう。わたしも想像もしていなかった)。


この手のトラブルの解決にあたっては、以前買った↓この本がすごい役に立つんだ。

[わかったブック 2] 根本的解決!どうして起こる?パソコンのエラー (わかったブック)


おすすめ。



以下以降手順。

  • おいおい、ハードディスクから異音がするし、読み書きが以上に遅いよ。寿命は2年ほどだそうだし、もうダメっぽいなあ。
  • 新しいのを買いたいが、何を買えばいいのか?
  • ATAってなによ。
  • しらべたところ、「Ultra ATA」で2.5インチのを買えばいいらしい。
    • ふつうノートは2.5インチだそうだ。
    • 関係ないがPCの型番で検索していたら、「うしろにもUSBポートが2つあって便利だ」との情報。改めてPCの後部を見ると、本当にある。2年間使っててそこにUSBポートがあることに気づかなかった...。
  • 回転数は速い方がいいらしいので5400。80GB以上は認識しない可能性があるようなので、80GB。というわけでようやく条件が決まる。
  • 適当にバッファローのサイト見て、条件にあったものを購入。
  • 届くあいだに死にかけのハードディスクからバックアップ。
  • 起動ドライブ以外はまるまるコピーでいいとして。
  • 起動ドライブは「再インストール」にするか「設定ごと移行」にするか。
  • たまにOSを再インストールすべきだよね?と思ったので、起動ドライブは再インストールすることにして、必要なファイルのみバックアップの方針で決まる。

もろもろのバックアップ

  • Cygwin
    • ファイルをまるまるコピーして再インスールすれば動いた。ただし以前とまったく同じドライブの同じディレクトリに置くこと。
  • Colinux
    • ディスクイメージをコピーするだけ。ただし再インストールは必要(Tapを入れなおさないといけないし)。
    • 上の本にあったアドバイス通り、スクリーンショットをとってネットワークの設定を記録しておいたら役に立った。
  • Meadow
    • 起動ドライブ以外にあったし、.emacs と sitelisp を新ディスクに移行して同じ場所に再インストールするだけ。
  • Opera
    • user_jsとかツールバーの設定とかその他全部をコピー。
    • 実はOperaの設定を移行しそこねていて、古いハードディスクを入れなおしてバックアップをとりなおすはめになった。
  • Firefox
    • "C:\Documents and Settings\<ユーザー名>\Application Data\Mozilla\Firefox" をコピー。
  • 秀丸
    • いつのまにか設定が移行できるようになってる。「その他 > 設定内容の保存/復元」で設定をバックアップ。あと、マクロとかのファイルごと新ディスクに移行して再インストール。しかる後に設定内容を読みこみ。
  • 環境変数とか
    • レジストリエディタ(ファイル名を指定して実行 > regedit)で「HKEY_CURRENT_USER\Environment」などをエクスポートしてあとでインポート。
  • itunes
    • メニューの「詳細:から「ライブラリを統合」を実行し、ライブラリの中身を「iTunes Music」フォルダにまとめる。「iTunes Music」の中身をバックアップして再インストール。本当は、古いディスクの方で、いったんitune storeの契約を解除してから移行した方がいいが、忘れてた。5回までコピーできるらしいが、契約解除を忘れたせいで一機失なってしまった。



正規表現をつくった

JavaScriptで正規表現をつくった。むろんJSネイティブのものより、表現力が低く、パフォーマンスもおとる。

純然たる車輪の再発明がしたかったのでやった。


↓あと一応、この本で勉強したので卒業試験のつもり。

オートマトン・言語理論 (基礎情報工学シリーズ)

富田 悦次 (著), 横森 貴 (著)

森北出版、1992


ちなみにボトムアップパーサで構文解析し、NFA(非決定性有限オートマトン)で実装している。

Wikipediaで調べながら構文解析表を手でつくったのが一番大変だった。

(judeでグラフの絵を描いて、エクセルで表をつくった)。


特徴

  • "^"とか"$"とか"[]"みたいなイカした表記はない。連接とスターとORのみ。
  • 演算子の優先順位がいまいちなので、"aa|b"のような書き方はできない。"(aa)|b"と書かないとダメ。
  • マッチ結果をとってくるような気のきいた機能はない。マッチしたらtrueを返すだけ。

使い方

var r = new Regex("(ab)|c");
r.test("ab")
//=> true
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赤田敦

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