■ ストリートビューについて
Googleマップのストリートビューについて。
これはすごいと思うんだが、同時に「こんなにすごいのに、それ以上の何もない!」というところに驚いている。
これ何に使うの?
今のところ、観光地の望遠鏡と同じような使い方しかされていないように見える(自分の家を探す、変な光景を探す)。
普通に役立ちそうだなと思ったのは、
- 漫画の背景資料
- 待ち合わせの目印を送る
くらいかなあ。
あと何か便利な使い方ないのか。
■ なんかすーじんのイベントに行った。
忘れるとイヤなのでメモだけ。
- すーじんはなんかキモい感じの音楽とかキモい感じの舞踏などをやっている好青年である。
- 誘われたのですーじんの出るイベントに行った。
- 行ったらJ-POPみたいなのやっていて、会場がなんとなく若い大学生風の人ばかりで気後れした。
- 「おいおい、話が違うぜ、すーじん、いつからこんなリア充に......!」と思った。
- 一番目の人はJ-POPだったのだが、二番目にすーじんがでてきて、エフェクターをがちゃがちゃやったり、携帯をつかって変な音を出したり、テレコに自分の演奏を撮ってそれに重ねて演奏したりしていた。
- すーじんはあいかわらずアングラな雰囲気をかもしだしていたので、「このサークルにすーじんがなじめないのか、それとも一番目の人がなじめないのか、どっちだ?」と思った。
- 三番目の人はコントだった。
- 四番目の人は材料工学の院生で、なぜか研究のプレゼンしてた。
- プレゼンはうまかった。あんな場違いな場所なのに自分の研究の意義などをわかりやすく説明していてすげーと思った。
- あとはパフォーマンスアートっぽい人とか、舞踏っぽい人がでてた。
- ふたり組の女の子がしろうとっぽい雰囲気で、つたなくてかわいいダンスを踊っていたのが「踊ってみた」みたいでよかった。
- メンヘラっぽい人が、戸川純の『蛹化の女』をバックに、うつろな目でフォークをくわえたりするパフォーマンスをしていた。
- なかなかはまっていたし、そういえば前も似たようなの見たので、メンヘラとパフォーマンスアートって相性いいのかなと思った。
- ひげの男の人がおそらく即興だと思われる、キモかっこいいダンスをしていたが、なぜかBGMがPerfumeだったのでおもしろかった。
- ギークの人が、Processingで絵を描いて、それに合わせて別の人がダンスをしたりなどしていた。
- Processingで描かれる絵って、「絵を描く」という直観的な行為からはほど遠い数式の固まりで、Processingで絵を描いている人にはそれがわかってしまうと思うんだが、それをダンスに重ねるっていうのはどういう気持ちがするものかなーと思った。
- 最初は興味があって考えていたのだが、考えている内に、Processingで絵を描いてダンスとコラボレーションという行為がなんかオシャレなので腹がたってきた。
■ 非決定性チューリングマシンについて
最近職場の勉強会で言語理論などの本を読んでいる。
そこでP問題、NP問題、NP完全問題などについて学んだりしているわけだが、最近この辺のおもしろみがちょっとわかった気がする。
NP問題やNP完全問題について考える際には、非決定性チューリングマシンという概念を使う。非決定性チューリングマシンは、分岐が存在した場合、都合の良い可能性だけを選ぶことができるファンタジーやメルヘンの世界の機械だ(「非決定性チューリングマシンなんてありませんよ...ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」)。
しかし、ファンタジーやメルヘンの世界の住人である非決定性チューリングマシンにも、やっぱり解けない問題というのはあって、この辺りはファンタジーと言えど無秩序ではなく、きちんとした論理があるのだなと思う。誰だったか忘れたが、魔法で何でも解決できるファンタジー小説というのはつまらなく、魔法の力を使うにもきちんとしたルールがなければならないと誰かが言っていた(ありがちな意見だから誰でも言ってそうだけど、トールキンだっけ)。ボルヘスによれば幻想文学は「火と代数」の両輪から成るそうだが、ファンタジーにはロジックの裏付けがなければならないと。
ところで、すごく運の良い人の計算量は非決定性チューリングマシンと同じだということに気がついた。当たり前か?*
たとえば巡回セールスパーソン問題を考える。
点がN個あるとすると、すべての点を1回ずつ通る経路はN!通りある。素朴に解こうとすると、最短経路を求めるためには、N!個の経路すべてを試さなければならない(実際にはもう少し少なくできるが、それでも階乗のオーダーになる)。
ところが、非決定性チューリングマシンとすごく運の良い人の場合、最初の1回で最短の経路を選ぶことができる。だから多項式時間で(現実的な時間のなかで)解を見つけられる。
つまり、非決定性チューリングマシンとすごく運の良い人は、可能性が複数に分岐するとき、そのすべての可能性を試し、その内で最も都合の良い可能性だけを事後的に選ぶ能力を持っている。
計算量の問題というと、現実的なコストと数字の問題なのかと思う。それに興味がないわけではないが、「あー現実ね、はいはい現実大事だよね」みたいなことを思って、しょぼーんとしてしまいがち。
しかし、よく考えると非決定性チューリングマシンはあくまでもファンタジーやメルヘンの産物であって、現実の制約よりもむしろ可能性と論理の問題であるので、ロマンスを感じるよね、とかそういうことを思った。あと、そういったファンタジーやメルヘンの世界の機械を考えることで、計算量の問題を論理と形式と夢の世界に落していくのが、このNP完全問題などの醍醐味なのかなあなどと思った。
あと可能性や順列組み合わせについて考えていくと、しまいには順列都市っぽい結論に到達するので好きだ。
宇宙のどこかに非決定性チューリングマシンだけが集まる順列都市のようなユートピア状の幸福な世界があり、そこではチューリングマシン同士が夜ごと乱交パーティを繰り広げているという。あと非決定性チューリングマシン同士のセックスでは、一切の副作用が存在しないので参照透過性が保証され、快楽が階乗のオーダーらしい。
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