『バットマン ビギンズ』につづく新生シリーズの2作目だそうだ。
Web上などでやけに良い評判を聞くのでコミティア85帰りにmmwwと観に行った。
映像、構成、テーマなど確かによくできた映画なのは間違いないなあと思った。
というか、ふつうにジョーカーが怖くて画面を観られなくなったりしていた。
■ あらすじ
法の下で悪と戦う正義の検事デント(光の騎士)。バットマンは自分に代わるニューヒーローとして彼を応援する。
しかし変態すぎるジョーカーにはかなわず、大変なことになる。
フリークスに対抗できるのはフリークスしかいない!ということでバットマンが本気を出してジョーカーをやっつける。
やはり狂った悪に対抗できるのは闇の騎士(ダークナイト)であるバットマンしかいなかったのだ、みたいな。
■ 感想
よかったんだけど、一作目を見てないせかもしれないけど、一番の楽しみどころがどこなのかちょっとわからなかったなあという部分は少し残った。
バットマンって基本的に馬鹿馬鹿しい話じゃないか。億万長者がコウモリのスーツ着て悪と戦うという。
で、その馬鹿馬鹿しい話をいかにシリアスに解釈するか、というのが近年のバットマン映画だったという印象を持っている。
たとえば、ティム・バートン版なんかだと、ティム・バートンってフリークスの滑稽さと悲しさみたいなものをずっと描いてきた人だと思うので、悲しいヒーローバットマンという解釈は腑に落ちる。メタな解釈になるのが前提で、「バットマンって冷静に観ると変態の億万長者なわけだけど、でも悲しいよね」みたいな部分を観るもんかなあと。
今回のバットマンでも、そういうメタな視点はちょっとあって、ジョーカーがバットマンに「おまえみたいなフリークスはおれがいないとやっていけないぜ」って言ったり、「おれもおまえがいなきゃやっていけない」という形でお互いがお互いに依存していることを指摘する。
これは確かに「なるほど」という部分で、「法の下で正義を守護する光の騎士」じゃなくて、「脱法的に悪のフリークスを狩る正義のフリークス、ダークナイトバットマン」という今回のメインのストーリーにかかる部分であったんだろうと思う。
わたしも以前から少年探偵シリーズなどを読んでいて、「怪人20面相と明智くんってお互い依存してるよなー。20面相って明智くんいなかったらやることないしなー。明智くんも20面相いないと知能の無駄づかいだし」と思っていたので、そのバットマンとジョーカーの依存はわからんでもない。
でもなあ。「今は狂気の時代だから、ダークナイトバットマンこそが必要なんだ!」って言われても、「いや、狂気の時代じゃねえし。ここゴッサムシティじゃねえし」という感じで、そこはさすがにシリアスに受け取れない。バットマンの悲しさみたいな部分は今回もあったんだけど、ティム・バートンのそれとは違うその悲しさが何なのかよくわからなかったなあという。
別に無理にシリアスに受け取る必要ないんだけど、映画がよくできていた分、そういう余計なことを考えてしまっていた。
しかしとりあえず「正義!」「力!」みたいな話は基本的に好きなので、そこは良かった。
ジョーカーもよかったんだけど、もう何か本当に怖くてな。
あとわたしはバットマンシリーズの悪役ではペンギンが好きですね。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.at-akada.org/mt/mt-tb.cgi/957
コメントする