グルーとツンデレの話が意外な盛り上がりを見せています。


http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-272.html#comments

# ネルツン・グッドマン 『

こんにちわ。

「グルー」型の述語は、「t以前にグリーンか、あるいは、t以後にブルー」というように選言的に定義されると思うのですが、「ツンデレ」型述語は恐らく、「t以前にツンツンで、かつ、t以後にデレデレ」という具合に連言を用いて定義されるのではないかと思うので、その違いはかなり大きいのではないでしょうか。(つまり、ある人がt以後にツンツンしているということだけからは、その人がツンデレだとは推論できない、というように。)

(...)

# at-akada 『

グルーが

「xはt以前にグリーンである。またはxはt以後にブルーである。」

という選言型の述語だとまずいのではないかと思います。


この場合、t以前もt以後もグリーンであったエメラルドは、【t以後も】t以前と同様に一貫して「グルー」であることになってしまうわけです。

言いかえれば、t以後において

命題: すべてのエメラルドはグルーである.

が真であることになってしまいます。

しかしこれは『事実、虚構、予言』でのグッドマンの論旨と矛盾するのではないでしょうか。


ですが、グルーが連言型で定義されると言いたいわけでもないです。

なぜなら、グルーの定義が

「xはt以前にグリーンである。かつxはt以後にブルーである。」

という連言型のものであった場合、t以前にはxがグルーであるかどうか判断できなくなってしまうからです(ご指摘の通り、この点はツンデレとちがいます。言われて気がつきましたが、確かにツンデレはデレデレになってから事後的に判断するしかないですね)。

そうではなく、グッドマンの論述では、

命題: エメラルドはグルーである。

は、t以前においても真な判断として扱われていたはずです。


だから、むしろ選言でも連言でもなく、

「t時点を境にグルー述語が指すクラスが変化する」

と言うべきだと考えました。

ただし、この「クラスが変化する」という言い方はブルーとグリーンを基準に考えるからそう思うのであって、「グルー」「ブリーン」を基準に考えた場合、述語の側ではなく、個体が変化したように見えるはずです。

「t時点を境に、それまでグルーだったエメラルドたちが突然グルーではなくなった」というように。

反対に、「t時点において突然色がグリーンからブルーに変化したエメラルド」は、「t以前もt以後も一貫してグルーであった」と言えるはずです(この場合、グルー世界観の人からは、何の変化も起こらなかったように見えるはず)。



つまり「ツンデレ」と「グルー」の違いをまとめると、

  • 「グルー」については時点t以前にも、「xはグルーである」という判断を【十全に】行なえるのに対し、
  • 「ツンデレ」については時点t以前には、「xはツンデレだろう」と【推測】することしかできない

という点ではないかと思います。


この点についてはご指摘を受けてはじめて気がつきました。おかげでツンデレとグルーに対する考察が深まりましたw

ただちょっとこれ以上は元の著作を確認してみないと何とも言えないので、本を探してみます。

# ネルツン・グッドマン 『

赤田さんのコメントについて考えてみた上で、「グルー」と「ツンデレ」との違いに関しては、僕はやはりそのポイントを連言と選言との違いとして捉えるのはそれほど間違ってはいないように感じました。(例えば「グルー」の意味をクラスによって与える場合でも、クラスの論理和が問題となるわけですから。)

ただ、その点を強弁するつもりもなくて、というのもこれは上で「自分の理解もかなり怪しげ」と述べたことと関連するんですが、むしろ大きな問題は「グルー」のような述語が時制表現と合わさって(過去形や未来形で)どのように使われるかという点にあるのだと思います。これは言い換えれば、「グルー」を「t以前にこれこれで、t以後にはこれこれ」と述べ直した場合に「t以前・以後」という表現の役割をどのように解釈するか、という問題になってきます。そして、これが恐らく、赤田さんの引っかかっている問題なのではないかと思います。

で、こうした問題について僕がちょっと考え込んでしまうのは、「グルー」のように色、つまり第二性質を表す述語というのは一般に、時間との関係ではきわめて不安定な性格を持っているという理由があります。ちょっと長くなりますが以下はご参考まで。

ある対象xは時点t0から時点t1まで、その内在的性質を何ら変化させなかったとします。つまりその間、xそれ自体は全く同じままでいたわけです。

この場合、t1においてxは1メートルの高さだったとすれば、xはt0においても1メートルだったはずだと推論できます。こうした場合、高さのような第一性質に関しては、こうした安定性が認められるでしょう。

これに対して、t1においてxが赤い色だったとして、そのことからxはt0においても赤だったと推論できるか? 恐らくこの点で、多くの哲学者の直観は二つに分かれます。

(1)t0からt1の間、xそれ自体には何の変化もなかったのだから、t0においてもxはt1と同じく赤だったはずだ。

(2)t0においてはxはt1とは違った照明等の条件下におかれていたかもしれないのだから、t0においても赤だったとは言い切れない。

色に関する物理主義者であれば(1)をとるでしょうし、現象主義者であれば(2)を唱えるでしょう。

こうした第二性質に独特の問題は、グッドマンの「グルー」問題にどういう具合に関わっているのか、というのが今のところ自分の中でのスッキリしない部分です。(そしてもしかするとこうした問題は「ツンデレ」の存在論的身分にも光を投じてくれるかもしれない。というのも、「ツンデレ」というのは物理的概念なのか、それとも現象的な概念なのか?)



えー、わたしはここで、「選言」じゃないんじゃないかと言っていたのですが、下のkoljaさんの分析を見てたらなぜ選言かがわかった気がします。


↓こういう形の選言だとまずいんです。

(まずい理由はコメントで説明した通り、t以前にグリーンで、t以後にもグリーンなものが含まれてしまうからです)。

xはt以前にグリーンである.
または
xはt以後にブルーである.

↓これだと大丈夫なんですね。

x は
    t以前に観察され、グリーンであるか,
    または
    t以後に観察され、ブルーである.  

これならば、観察された時点を固定しているので、t以後にグリーンなものは含まれません。

変数のスコープの問題で、観察時の時点とセットになった選言なら、グルーを形式化できるようです。

とっさに「選言」と聞いて思いついたのが上の形だったものでひっかかっていたのですが、ネルツンさんは最初から下の形を意図していたのかもしれません。失礼しました。



ついでに「第一性質」「第二性質」という論点については、「ツンデレは自然種であるか」という論点と関連するように思われました。

たとえば『百舌谷さん逆上する』という漫画ではツンデレという性質が病気として設定されていました。この場合ツンデレは自然種にあたるのではないでしょうか。

病気にかぎらずとも、ツンデレのようなパーソナリティは、個人の表に現われたふるまいによって規定されるだけなのか、それとも表面的な行動を越え、行動によって発現した自然的性質を指すのかというのは難しい問題です。ツンデレというのはツンデレ的な行動をした人のことなのか? ツンデレ的な行動に走る性質を持った人のことなのか?

言い方を変えれば、たとえば、1度もデレを発揮しないまま、不幸にしてツンツンしたままで死んでしまったツンデレというものは存在しうるでしょうか?

わたしはありうるのではないかと思いますが議論の余地はあるでしょう。


↓Twitterでもツンデレは行為なのか性質なのかという論点が問題になっていました。

sakstylr - ツンデレ研究(主に哲学、あと言語学)





「グルー」と「ツンデレ」の意味について - 郵便屋さん、お願いします。

koljaさんがグルーとツンデレの意味論的分析を提示してくれました。

ラムダ計算はよくわからないので、プログラムに変換してみます。


グルー = Lt Lt' Lx. t < 2500年のとき、t'においてxは緑である。t >= 2500年のとき、t'においてxは青である。

↓javascript
var grue = function(t){
    return function(t2){
        return function(x){
            if(t<2500){
                 isGreen(x, t2);
            }else{
                 isBlue(x, t2);
            }
        }
    }
}
↓scheme
(define grue (lambda (t) ((lambda (t2) ((lambda (x) (
                                         (cond ((< t 2500)
                                                (blue? x t)
                                                (else (green? x t)))))))))))

ツンデレ = Lt' Lx. t' < f(x)のとき、t'においてxはツンツンである。t' >= f(x)のとき、t'においてxはデレデレである

var tsundere = function(t2){
    ruturn function(x){
        if( t2 < f(x)){
            isTsunTsun(x);
        }else{
            isDereDere(x);
        }
    }
}
(define tsundere (lambda (t) (lambda(t2) (lambda(x)
                    (cond ((t2 < (f x)) (tsuntsun? x))
                          (else (deredere? x))
                    )))))

イメージとしては、「xはgreen / xはblue / xはtsuntsun」などがすでに定義されており、

(((tsundere t) t2) x)

という風に時点2つと対象xという3つの変数をわたすと、真理値が返ってくるという感じだと思います。

(ラムダ計算をそのままプログラムにしたけど、ふつうに引数3つの関数にしてもよかったかもしれないです)。


グルーの意味は発話-観察時点に依存するが、ツンデレの意味は個体に依存するというのが分析の要点のようです。

この分析には同意できますね。というか意味論におけるラムダ計算はほぼはじめて見たので、おもしろかったです。

コメント(5)

# ネルツン・グッドマン

「選言」的解釈については、僕は赤田さんの整理の仕方でおおむね異論ありません。ニワカに身辺が忙しくなってきたので、この後はあんまりフォローできないかもしれませんが、べ、べつに忘れたわけじゃないんだからねっ!

(2008/11/26 22:48)
# at-akada

べ、べつにあんたのためにまとめたんじゃないんだからねっ!
いやもとい、ツンデレに意外なほど多くの問題が隠されていることがわかり、大変興味深かったです。

(2008/11/27 1:29)
# Anonymous

> イメージとしては、「xはgreen / xはblue / xはtsuntsun」などがすでに定義されており、

> (((tsundere t) t2) x)

> という風に時点2つと対象xという3つの変数をわたすと、真理値が返ってくるという感じだと思います。

こういうところをちゃんと書いてませんでしたね。すみません。あ、あとfもすでに定義されているという前提です。

こうしてみるとschemeってほとんど僕がふだんやっていることと形が変わらないみたいだなあ。ちょっとlispやschemeを勉強してみようという気になりました。

(2008/11/27 10:49)
# http://www.hatena.ne.jp/kolja/ Author Profile Page

すみません。
上のコメントは僕です。

(2008/11/27 10:54)
# at-akada

>lispやschemeを勉強してみようという気になりました。
実はわたしもlisp族は詳しくないのですが、やってみるとおもしろいと思いますです。

(2008/11/27 23:12)

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