にかかわる妄想と、ツンデレについての思考実験。

以下「帰納」という言葉で、「数学的帰納法」ではなく「枚挙帰納法」のことを指すから注意してね。

「グルー」については説明するのが大変なので、上のwikipediaの記事を読んでください。


Twitterからサルベージ。

  • ある時点で、ツンとデレが入れかわるのだが、ツンとデレは別の個体であるというツンデレが可能であるかどうか考えている。http://twitter.com/at_akada/statuses/991910406
  • 観察者の側の異常性を仮定すれば可能だな。その人は個体に対して特殊な認識方法をとっているため、ずっとツンであったAさんとずっとデレであったBさんをもとに、ある時点以前のAさんとある時点以後のBさんからなる特殊な個体Cさんをつくりあげ、ツンデレとして受容するのだ。http://twitter.com/at_akada/statuses/991915483
  • まわりから見ると、さっきまでAさんに「CさんCさん」と話しかけていたのに、ある時点を機に一転し、今度はBさんに対し「CさんCさん」と話しかけるようになる。しかし、彼の中では、「Cさんはツンデレだ」ですべての説明がついてしまうのである。http://twitter.com/at_akada/statuses/991918928

ヒントになったのは以下の発言。

kasuho:ツンデレは時点t以前にツンツンを指し、時点t以降はデレデレを指すという風に誤解されがち。http://twitter.com/kasuho/status/991188655


この後改めて考えてみたのだが、ツンデレは真正にグルー型の述語ではないか。

ツンデレという述語を使っても、「グルー」と同様に、「帰納の新しい謎」を考えられるように思う。


  • (1)「時点t_0において彼女がツンツンしている」という観察は、「彼女はわたしを嫌っている」という仮説の証拠となる。
  • (2)「時点t_0において彼女がツンツンしている」という観察は、「彼女はわたしに対してツンデレである」という仮説の証拠となる。

(1)も(2)も、帰納的推論としては申し分のない形をしているように見える。

しかし、(1)と(2)は、互いに相反する結論を導く。

(1)から得られる仮説では、彼女はわたしを嫌っており、ある時点以後にデレデレになるという事態は考慮されていない。

(2)から得られる仮説では、彼女はわたしを好いており、ある時点以後にはデレデレになるはずである。


つまり、まったく同じ観察が、互いに相反する仮説の証拠となってしまう。

しかも「グルー」とはちがい、「ツンデレ」はすでに擁護され投射可能な述語であるので、「彼女はわたしを嫌っている」のか、それとも「彼女はツンデレである」のかという2つの仮説の対立は実践的にも問題になりうる。

端的に言えば、「嫌われているのか、それともツンデレなのか」というのは当事者にとっては大問題であろう。

コメント(7)

# ネルツン・グッドマン

こんにちわ。
「グルー」型の述語は、「t以前にグリーンか、あるいは、t以後にブルー」というように選言的に定義されると思うのですが、「ツンデレ」型述語は恐らく、「t以前にツンツンで、かつ、t以後にデレデレ」という具合に連言を用いて定義されるのではないかと思うので、その違いはかなり大きいのではないでしょうか。(つまり、ある人がt以後にツンツンしているということだけからは、その人がツンデレだとは推論できない、というように。)

(2008/11/24 21:07)
# at-akada

>こんにちわ。
こんにちは。


>「グルー」型の述語は、「t以前にグリーンか、あるいは、t以後にブルー」というように選言的に定義される
あれ? ほんとですか?
たとえば、選言だと、現在がt以後であるとして、「t以前にグリーンで、t以後にグリーンな」ものも含まれるように思うんですが、それで大丈夫なんでしたっけ?
ちょっと確認してみます。

(2008/11/24 21:22)
# at-akada

もう少し補足。
グルーが
「xはt以前にグリーンである。またはxはt以後にブルーである。」
という選言型の述語だとまずいのではないかと思います。


この場合、t以前もt以後もグリーンであったエメラルドは、【t以後も】t以前と同様に一貫して「グルー」であることになってしまうわけです。
言いかえれば、t以後において
命題: すべてのエメラルドはグルーである.
が真であることになってしまいます。
しかしこれは『事実、虚構、予言』でのグッドマンの論旨と矛盾するのではないでしょうか。


ですが、グルーが連言型で定義されると言いたいわけでもないです。
なぜなら、グルーの定義が
「xはt以前にグリーンである。かつxはt以後にブルーである。」
という連言型のものであった場合、t以前にはxがグルーであるかどうか判断できなくなってしまうからです(ご指摘の通り、この点はツンデレとちがいます。言われて気がつきましたが、確かにツンデレはデレデレになってから事後的に判断するしかないですね)。
そうではなく、グッドマンの論述では、
命題: エメラルドはグルーである。
は、t以前においても真な判断として扱われていたはずです。


だから、むしろ選言でも連言でもなく、
「t時点を境にグルー述語が指すクラスが変化する」
と言うべきだと考えました。
ただし、この「クラスが変化する」という言い方はブルーとグリーンを基準に考えるからそう思うのであって、「グルー」「ブリーン」を基準に考えた場合、述語の側ではなく、個体が変化したように見えるはずです。
「t時点を境に、それまでグルーだったエメラルドたちが突然グルーではなくなった」というように。

反対に、「t時点において突然色がグリーンからブルーに変化したエメラルド」は、「t以前もt以後も一貫してグルーであった」と言えるはずです(この場合、グルー世界観の人からは、何の変化も起こらなかったように見えるはず)。


つまり「ツンデレ」と「グルー」の違いをまとめると、
-「グルー」については時点t以前にも、「xはグルーである」という判断を【十全に】行なえるのに対し、
-「ツンデレ」については時点t以前には、「xはツンデレだろう」と【推測】することしかできない
という点ではないかと思います。


この点についてはご指摘を受けてはじめて気がつきました。おかげでツンデレとグルーに対する考察が深まりましたw
ただちょっとこれ以上は元の著作を確認してみないと何とも言えないので、本を探してみます。

(2008/11/24 21:59)
# ネルツン・グッドマン

あ、再びどうも。実は僕も細かい点になるとかなり理解が怪しげなのでw、先の話の続きよりも、赤田さんの記事について直ちに感じた疑問を述べておきます。おそらく「ツンデレ」のような述語というのは、事物の変化を含み込むような形で任意に作ることができるのではないかと思うのですが(例えば、「晴れのち曇り」という述語の略語として「ハモリ」という語を新たに導入するみたいに)、そうした述語に関する帰納的投射の問題というのは、グッドマンの言うような「新たな謎」というよりは、開かれた未来の不確定性をどうやって帰納的手法で取り込むかという「古くからの謎」にしか行き付かないのではないか? こういった疑問があったのです。で、もうちょっと赤田さんのコメントについて考えた上で、また何か言えそうなことがあったら再コメントすることにします。

(2008/11/24 23:02)
# ネルツン・グッドマン

赤田さんのコメントについて考えてみた上で、「グルー」と「ツンデレ」との違いに関しては、僕はやはりそのポイントを連言と選言との違いとして捉えるのはそれほど間違ってはいないように感じました。(例えば「グルー」の意味をクラスによって与える場合でも、クラスの論理和が問題となるわけですから。)
ただ、その点を強弁するつもりもなくて、というのもこれは上で「自分の理解もかなり怪しげ」と述べたことと関連するんですが、むしろ大きな問題は「グルー」のような述語が時制表現と合わさって(過去形や未来形で)どのように使われるかという点にあるのだと思います。これは言い換えれば、「グルー」を「t以前にこれこれで、t以後にはこれこれ」と述べ直した場合に「t以前・以後」という表現の役割をどのように解釈するか、という問題になってきます。そして、これが恐らく、赤田さんの引っかかっている問題なのではないかと思います。
で、こうした問題について僕がちょっと考え込んでしまうのは、「グルー」のように色、つまり第二性質を表す述語というのは一般に、時間との関係ではきわめて不安定な性格を持っているという理由があります。ちょっと長くなりますが以下はご参考まで。
ある対象xは時点t0から時点t1まで、その内在的性質を何ら変化させなかったとします。つまりその間、xそれ自体は全く同じままでいたわけです。
この場合、t1においてxは1メートルの高さだったとすれば、xはt0においても1メートルだったはずだと推論できます。こうした場合、高さのような第一性質に関しては、こうした安定性が認められるでしょう。
これに対して、t1においてxが赤い色だったとして、そのことからxはt0においても赤だったと推論できるか? 恐らくこの点で、多くの哲学者の直観は二つに分かれます。
(1)t0からt1の間、xそれ自体には何の変化もなかったのだから、t0においてもxはt1と同じく赤だったはずだ。
(2)t0においてはxはt1とは違った照明等の条件下におかれていたかもしれないのだから、t0においても赤だったとは言い切れない。
色に関する物理主義者であれば(1)をとるでしょうし、現象主義者であれば(2)を唱えるでしょう。
こうした第二性質に独特の問題は、グッドマンの「グルー」問題にどういう具合に関わっているのか、というのが今のところ自分の中でのスッキリしない部分です。(そしてもしかするとこうした問題は「ツンデレ」の存在論的身分にも光を投じてくれるかもしれない。というのも、「ツンデレ」というのは物理的概念なのか、それとも現象的な概念なのか?)

(2008/11/25 12:40)
# http://www.hatena.ne.jp/kolja/ Author Profile Page

僕も「グルー」と「ツンデレ」について考えてみました。
http://d.hatena.ne.jp/kolja/20081125
です。
なんかトラックバックできなかった(あるいは大量に送信されてしまっているかも)ので、コメント欄に書き込んだ次第です。

僕は「グルー」と「ツンデレ」では述語が依存する時点の種類が異なっていると考えています。

(2008/11/25 23:05)
# at-akada

えー、みなさんありがとうございますw
なかなか追いつけないですが、ちょっとさらに考えてみます。

(2008/11/26 2:05)

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