先日の「形而上学(スタンフォード哲学事典)」に関する訂正と補足。
http://www.at-akada.org/blog/2008/12/post-278.html
「性質」とか「普遍者」とか「クラス」とかについて整理する。
勝手な思い込みで「性質というのは集合のことだ」と思っていたのだが、どうもよく読むとこれは誤解だったらしい。
こういうのは図を書いた方がわかりやすいと思うので、図を描きながら整理する。
■集合とクラス

まず集合とクラスの関係。
「クラス」も「集合」もものの集まりであるが、「クラス」というのは生物種などのように「要素の間に内在的な統一がある集まり」のことだ。集合というのは、「何でもいいからとにかく要素を集めたもの」であるわけだが、それに対して、「ちゃんと必然性のある集まり」のことをクラスと言うらしい。
「クラスは集合の内の特殊なものである」って言ってよいのかどうかよくわからないが、とにかくクラスと集合はちょっとちがう。
もしクラスが特殊な集合であることを認めるなら、
クラス⊆集合
あるいは「コレクション」をものの集まりを表わす中立的な単語として使うことにして、
クラス ⊆ コレクション 集合 ⊆ コレクション
■クラスと性質

性質はクラスではない。
「白いもののクラス」はすべての白い個物を集めたコレクション。
一方、性質というのは、クラスのそれぞれのメンバーの内に「現われている(present in)」ものであるらしい。
先に書いたように「性質」と「クラス」を混同していたのだが、どうも違うらしい。確かに、よく考えると「性質はコレクションである」と言うより、「性質は個物に現われている」という方が自然な発想だろう。
白い個物 ∈ 白いもののクラス 白さという性質 is-present-in 白い個物
あと次、「基底を認めるか」「性質は個物の構成要素であるか」「トロープを認めるか」でいくつかの立場に分かれる。
- 性質は個物の構成要素であるという立場を「構成的存在論」、
- 性質は個物の構成要素ではないという立場を「関係的存在論」と言うらしい。
■ 構成的存在論1

構成的存在論その1。トロープがないバージョン。
普遍者=性質が、個物を直接「構成」している(is a constitute of)。
また、個物からあらゆる性質を除いたときに残るものを「基底(subtrace)」と言う。基底を認める人と認めない人がいる。
構成的存在論という立場がさらに、
- 「個物というのは普遍者の束(bundle)だよ」という立場と、
- 「個物というのは普遍者の束+基底だよ」という立場に分かれるわけだ。
白さの普遍者 is-a-consitute-of 白い個物 白い個物 falling-under 白さの普遍者
■ 構成的存在論2

構成的存在論その2。トロープを認めるバージョン。
普遍者=性質が直接個物を構成するのではなく、「個別的で抽象的な性質」であるところの「個別的性質(トロープ)」が個物を「構成」する。
つまり、「白さ(普遍的白さ)」とは別に「タージ・マハールの白さ(個別的白さ)」なるものがあって、これがタージ・マハールの構成要素なんだよという立場。
(図では一応「∈」にしたけど、個別的白さと普遍的白さの関係はよくわからない)。
個別的白さ in-a-constitute-of 白い個物 白い個物 falling-under 白さの普遍者
■ 関係的存在論

関係的存在論。
性質が個物の構成要素であると認めない立場。
性質と個物の関係は、「外在的で論理的」なものであって、構成要素となっているわけではない。
たぶん「関係的存在論のトロープありバージョン」というのもあるんじゃないかと思う。
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』 (2009/01/ 5 15:57)1Y7GCw
』 (2009/07/14 5:41)1Y7GCw
』 (2009/07/14 5:41)