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        <title>うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ</title>
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        <copyright>Copyright 2008</copyright>
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            <title>小説について思うことなど</title>
            <description>最近小説の同人誌を出すことについて反省的に考えていたのでメモ。
単純に、自分の本を売るなかで、素人の書いた小説って読む気が起きにくいよねって思っただけなのだけど。
同人誌にはいくつかハードルがあって、まず(1)入手してもらうまでが1つの山、(2)次に入手してから読んでもらうまでがまた大変という感じ。
実際売ったりあげたりしても、大半の人は読んでないと思うんだ。自分としても、同人誌即売会で買った小説や、人からもらった小説ってなかなか食指が伸びにくい。


そうじゃなくて小説の方が読みやすいという人もいるとは思うけど、とりあえず自分の感覚をメモする。
-素人の書いたマンガ-&gt;読める
-素人の書いたコラム、レビュー、批評-&gt;読める
-素人の書いた小説-&gt;読みにくい
という感覚をわたしは持っている。


マンガの場合、「絵を見れば作風が何となくわかる」というのが大きいかな。
次にコラムなどの文章の場合、書いている人を知らなくても「何を書いているかがわかりやすい」という効果が大きいと思う。たとえば、書いた人に興味がなくても「フランス書院美少女文庫総レビュー」って言われれば何が書いてあるかわかるし、どう読めばいいかも自ずと決ってくる。
小説の場合、まずその世界に入り込むまでの敷居がちょっと高いので、どうしても「保証付き」の商業作品を求めてしまう傾向にある。


しかしこれは解決不能な問題では無い。要するに何が書いてあるかわかりやすくすればいいだけのことだ。
たとえば「分析哲学の萌えパロディ本」と言われれば何が書いてあるかわかるし、興味のある人は手に取りやすいと思う。パロディにしろというわけではなく、パロディ以外にも、何が書いてあるかわかりやすく、手に取りやすい切り口を考えるのは可能だろう。なので、これについてはまた考える。


次の問題。「描写がめんどうくさい」。小説のめんどうなところは、アイデアやストーリーを文章での描写の形に落さなければならないところだ。何でもそうなんだけど、小説の場合特に、すでに言葉で考えているアイデアをさらに別の種類の描写の言葉にしなければならない。この作業には大変なコストがかかる。書くだけではなく、読む側にも描写を読んでイメージするのが負担になる。そこは文章の技術で解決すべき問題だろうというのが正道かとも思うが、それ以外の道も考える。
ボルヘスがあらすじだけの小説を書いてたけど、そういうことができないかなとちょっと思ってる。
1つの簡単な解決策は描写のプライオリティを下げること。一部のラノベとかは実際に「描写はどうでもいいが、分量と速度で読ます」みたいな方法をとっているようだ。mmwwに、分量と速度が重要なんじゃないかと言われたが、そうかもしれない。
あまりうまく言えないが、意識的に荒削りなテンプレートを使うみたいなことがうまくできればおもしろそうかなと思う。


あと、そもそも狭義の「小説」にこだわる意味はそんなにないんじゃないかなと思っている。
同人小説を商業作家への登竜門と捉える気はないのだから、商業作品や正規の文学のフォーマット自体捨ててよいのではないかと。
具体的なアイデアはまだ何もないのだが、まともな小説には真似のできない同人誌ならではの反則技を考えられないかどうか、もう少し考えてみたい。</description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-271.html</link>
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            <pubDate>Sun, 16 Nov 2008 23:45:42 +0900</pubDate>
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            <title>「ゆるふわモテ形而上学（ゆるふわMetaphysicians）読書会」 </title>
            <description><![CDATA[第0回開催の結果、読む本が決まりました。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1405112298/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41CS2PYFuDL._SL75_.jpg"  alt="Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)" title="Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)" /></a>
-<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1405112298/ref=nosim/atakadaorg-22">Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)</a>
Theodore Sider (編集), John Hawthorne (編集), Dean W. Zimmerman (編集)
Blackwell Pub、2007

http://d.hatena.ne.jp/contractio/20081115#1226737745


-Abstract Entities
-Causation and Laws of Nature
-Modality and Possible Worlds
-Time
-Persistence
-Free Will
-Mereology
-Metaontology
などの<s>面倒な</s>テーマに関する対立する意見を知り、Metaphysicsの基礎的な学習を行ない、究極的にはモテます。
(最後のはただの希望です)。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/metaphysicians.html</link>
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            <pubDate>Sun, 16 Nov 2008 02:11:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>筑波批評社「筑波批評2008秋」 </title>
            <description><![CDATA[<a href='http://d.hatena.ne.jp/tsukubahihyou/20081108/1224340076'>筑波批評社『筑波批評２００８秋』</a>
>>
目次
-批判的工学主義とは何か／建築家・藤村龍至／インタビュー
-アダルトヴィデオ的想像力をめぐる覚書――ゼロ年代的映画史講義／渡邉大輔
-リアル入門　――ネットと現実の臨界／工藤郁子
-文芸批評家のためのLudology入門――＜ゲーム＞定義のパースペクティブ／高橋志行
-工学の哲学序説／シノハラユウキ
-「コンテンツ植民地」日本／min2fly（佐藤翔）
-ケータイ小説の作り方――ケータイ小説家・秋梨インタビュー
-フィクションするとは一体いかなる行為か／シノハラユウキ
-兄弟という水平面／擬似的な垂直性／シノハラユウキ
-フラグメンタルアプローチ／塚田憲史
-＆ＬＯＶＥ――『あたし彼女』『メルト』／塚田憲史
-Synodos＋筑波批評社
-座談会　ニコニコ世代に歴史はあるか？
<<


*p0* まえおき
筑波批評についてまじめにコメントします。代表の<a href='http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/'>sakstyle</a>(シノハラユウキ)さんは、よくわたしのブログ記事にブクマやスターをつけていてくれて、去年の文学フリマではうちのサークルの本を買いにもきてくれた。そのため、わりと前から認知しており、最近ではTwitterなどでもちょこちょこ交流がある。
しかし正直に書くと*、評論や思想にそれほど興味がないため、最初は筑波批評についても「大学生が何かやってるなー」というくらいの印象しかなく、わりと冷淡に見ていたと思う。
<div class="note">* 社会人が板についてきたため、あやうく「正直ベースで書くと」と言いそうになった。</div>



それがいつのまにか印象が変って、ゼロアカ道場の頃はもう「筑波がんばれ！筑波がんばれ！」という心情だったのだが、これについては彼らが毎週末に放送していたustreamを見ていた効果が大きいと思う。
筑波批評社のustがおもしろいというのは実は、id:<a href='http://d.hatena.ne.jp/mmww/'>mmww</a> に教えてもらった。mmwwは文学フリマでsakstyleさんが買いに来てくれたのがきっかけで筑波批評社を知ったのか？  その辺の経緯はよくわからないが、mmwwは自分の姿を見せず、こっそりヲチするタイプのキモいヲチャーなので、いつのまにか筑波批評をヲチしていたらしい。
ustreamがきっかけで筑波批評に興味を持ったという人は意外と多いのではないかと推測しているが、何というかアレは、大学の人文サークルの空気を疑似体験できる装置として稀有だと思う。失礼ながら、筑波批評社の人たちは、とてつもない知的なカリスマなどではなく、自分のまわりにもいそうな、ちょっと哲学や思想にくわしい学生にすぎない。しかしその人たちが、映像の向うで熱くトークを繰り広げており、ircなどを通じて自分もちょっとだけ参入できるというのはやばい。画面のむこうの楽しそうな雰囲気が伝わってきて、自分もついでに若がえった気分で楽しみに見ていた。


あとsakstyleさんがよく勉強しているのは傍目にもわかったので、ブログ記事の質がだんだんあがっていくのもすごいなーと思っていた。
というわけでわたしは筑波批評社を応援しているのでまじめにコメントしたいと思います。とりあえずわたしの関心に近かったsakstyleさんの論考2本についてだけ書く。他にもおもしろい記事はいろいろあったのだけど、わたしがコメントしても仕方ないようなものも多いので。
まじめなコメントなので、わりときびしめに書いています。



*p1*シノハラユウキ「工学の哲学序説」
** 要約
東浩紀やイアン・ハッキングは、テクノロジーに着目することで新しい哲学的概念を生み出し、従来の概念を「脱神話化」という形で再構成した。こうした試みを「工学の哲学」と捉えたい。


** 感想など
エンジニア兼哲学オタであるところのわたしとしては、目次を見たときからこの論評は気になっていた。工学の哲学という試みはおもしろいものだと思う。
読んだ感想としては「テクノロジーによって新しい概念を生み出す」という着想自体はとてもよいのだが、短かすぎる印象を持った。この着想自体には興味があるので、今後もう少し展開してほしいなあと思う。
具体例として東浩紀とハッキングという、意外な組み合わせの2人があげられているのも唐突に思えたし、論述にも事例が少なすぎて消化不良ぎみだった。特に「脱神話化」というタームについては定義や説明が少なすぎてよくわからない(東浩紀由来の単語なのはわかるが、東浩紀の元々の用法もわたしにはよくわからない)。門脇俊介の本を参照して「自然主義」と同一視しているが、「自然主義」と「脱神話化」って一緒にしたら両方とも怒るのではないか。
あと、「工学の哲学」の例として、ハッキング、東浩紀、パース、バシュラールなどの名前があがっているが、この選択もやはり唐突だ。
まず工学の哲学自体はふつうに行なわれているものだし、それを専門にしている人もいる。最近でた岩波哲学講座にも「科学／技術の哲学」という巻が用意されている。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112694/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41AvxomvNDL._SL75_.jpg"  alt="岩波講座哲学 9 (9)" title="岩波講座哲学 9 (9)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112694/ref=nosim/atakadaorg-22">科学／技術の哲学 - 岩波講座哲学 9 (9)</a>
飯田隆(編)
岩波書店、2008


以下のような本も出ている。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4815804850/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51QPW7FCTZL._SL75_.jpg"  alt="誇り高い技術者になろう―工学倫理ノススメ" title="誇り高い技術者になろう―工学倫理ノススメ" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4815804850/ref=nosim/atakadaorg-22">誇り高い技術者になろう―工学倫理ノススメ</a>
黒田 光太郎 (編集), 伊勢田 哲治 (編集), 戸田山 和久 (編集)
名古屋大学出版会、2004


試しに、「工学」「哲学」などのキーワードで、CiNiiなどで検索をかけてみると、それを専門にしているらしい人の論文や著作が他にもぽろぽろと見つかった。
そこで言う「工学の哲学」のほとんどは、この論考があつかっているようなものではなく、いわゆる工学倫理とか技術倫理を扱うものだが、現に「工学の哲学」をやっている人たちがいるのに、それをまったく紹介せず、工学の哲学を名乗っているわけでもないハッキングなどをあげるのは不用意だろう(東浩紀は「工学の哲学」と言っていたかもしれないけど、他の人はそうじゃないよね？)。
これは、内容に対する異論ではなく、論を進める上でのテクニックについて述べただけだ。しかし工学倫理などの試みを簡単に紹介しつつ「でも、ここではちょっと違った人たちを工学の哲学の実践者として評価するよ」と一言つけくわえるだけで、ずいぶん印象は変わるはずだ。この文章のような書き方だと「工学の哲学について何も知らず、何も調べずに書いているんだな」と思えてしまう。



*p2*シノハラユウキ「フィクションするとは一体いかなる行為か」
** 要約
フィクションは、キャラをキャラとして消費する行為や、作中の記述を信じるという行為など、いろんな行為の実践によって成り立っている。


** 感想
知っている人は知っているように、わたしの修論は「社会的実践としてのフィクション」というものであり、この論考はわたしの関心にかなり近い。
これについては、結論がどうこうよりも論の進め方に気になる部分が見られた。
この文章が述べているフィクション観自体は多くの人の共感を得るところだろうと思う(人によっては異論もあるだろうが)。
しかしこういうタイプの哲学的論述(？)で重要なのは、結論よりも論の進め方だと思う。単に共感を得られそうな主張を書いて、「そうだそうだ」というだけでは論文にも研究にもならない。丁寧な論証があるからこそ、哲学的な論述になるのだと思う。


ここで提示されているフィクション観は、人が作品を、特定の慣習や習慣にそって扱うことによって、作品はフィクションとして構成されるというプラグマティズム的なものだ。構成主義的と言ってもいいが、とにかく行為・実践中心の発想という風に見える。
こういう主張をするときに気をつけなければならないのは、対照概念をきちんと明示することだ。「行為」とか「実践」というのはかなり広い概念であるため、気をつけないと「なんでも行為だ。なんでも実践だ」というマジックワードになりやすい。しかし、「何でも行為だ」と簡単に主張できてしまうなら、そもそも行為中心の発想を提示する意味がない(なんでも行為によって構成されるなら、「何でも行為によって構成される」と言えばいいだけであって、わざわざフィクションについて同じ主張を繰り返す意味は特にない。反対に言えばそれはフィクション固有の特徴をとらえられていないため、フィクション論としては失敗である)。
特に前半のキャラの話は「行為」による実践的なフィクション観を強調しているわりに、具体的に「どういう慣習なのか」「どういう行為なのか」という話が少なく、観念的な話にとどまっているように思えた。


後半のフィクションの「リアリティ」とか「信じる」の話はもうちょっと独自のことを言おうとしているようにも見える。ただこれらの部分ももう少しきちんと論じてほしいなあと思った(どちらもおもしろそうなトピックであるだけに、アイデアだけにとどまっているのは残念だ)。
どういう風に話を深めればいいのかについては何とも言えないが、論述が雑に見えた部分を1つだけあげておく。他にもいくつか気になった点はあったが、1つだけ。
たとえば以下の部分。神=作者という発想を否定するために、佐藤友哉の小説をあげ、以下のように書いている。
>>
その後に書かれる『世界の終わりの終わり』『灰色のダイエットコカコーラ』は共に、佐藤友哉を模したと思しき「僕」が主人公となり、覇王ないし作家になろうと試みるのだが、 失敗に終わるのだ。この失敗は何を意味するのか。作家とは、作品世界を全て操る神のような存在ではないということだ。
p62-63
<<
これなんて、ほとんど佐藤友哉が小説に書いている(らしい)ことをただ繰り返しているだけだ。作品論としては正しいのかもしれないが、これだけでは「佐藤友哉が言ってるから正しい」と言っているようにしか見えない。それは論証にも説得にもならないのではないかと思う。


この文章では、哲学的な論述と作品論があまり分離されずに共存していて、それ自体はおもしろい試みかもしれないとも思うのだが、こうした部分ではそれが失敗してしまっていると思う。


...しかしこれ、何を書いても、「人のこと言えんわ」というブーメランだな。
]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">あらすじ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">感想</category>
            
            <pubDate>Wed, 12 Nov 2008 21:39:35 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第7回文学フリマ終了 </title>
            <description><![CDATA[*p0* 第7回文学フリマ終了
<a href="http://www.at-akada.org/images/ack003-cover.png" target="blank"><img src="http://www.at-akada.org/images/ack003-cover_s.png" alt="アーカイブ騎士団003" width="520" height="357"></a>
『アーカイブ騎士団003 メタバシス―ものすごい大砲―による星間周遊（31世紀）』
http://www.at-akada.org/archive/log/archive003.html



知っている人はご存知のように(トートロジー)、今回は「<a href='http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka.html'>講談社BOX：東浩紀のゼロアカ道場</a>」という企画が開催されており、なんだか盛り上がっていた。
詳しい数字はわからないが、来場者数もかなり増えていたのではないだろうか。
うちのサークルはゼロアカ道場とは何の関係もないのだが、来場者数が増えた結果かこれまでで最高の売り上げを記録した。
新刊だけで50部以上、旧刊あわせると70-80部程度は売れた。


たくさんの方に手に取っていただけたことも嬉しいのだが、たくさんの人が遊びに来てくれたため、いろんな人に会えたのも嬉しかった。
いつもこの手のレポートを書くとき、「写真を撮っておけばよかった」と思うのだが、今回は写真を撮るのをすっかり失念したのが残念。


あと、「フレーゲさまが見てる(分析哲学萌えパロディ本)」は結局できてないです。すいません、いつか何とかします。




*p1* 感想など
一参加者としていろいろな同人誌を買ったりもしたので、おいおい感想をアップしていきたいと思います。
今回驚いたのは、「ゼロアカ以外全部紹介」というタイトルでゼロアカ道場以外の全サークルを紹介されていた「<a href="http://d.hatena.ne.jp/leftside_3/">leftsize_3</a>」のたたたさんが、紹介したすべてのサークルのブースを実際にまわっていたところです。まわるだけでなくかなりの量の同人誌を購入されていたようで、その熱意と行動力に感嘆しました。


ゼロアカ道場関連では、Twitterなどで交流があった筑波批評と、いろいろ気になるキャラであるところのミネオさんの最終批評神話を購入しました。
特に筑波批評については、毎週のustreamなどもよく観ていたため、応援したい心情が強かったです。
去年の文学フリマでは、コピー誌を出しているマイナーサークルというくらいの立ち位置だったのに、この1年間、半年間でずいぶん盛り上がったと思います。そういうプロセスを脇で観ていたのもあって、野球チームなどを応援する心情で興奮したりなどしていました。
(まったくスポーツ観戦をしないので、想像なんですけど)。
結果は残念でしたが、十分な奮闘だったと思います(そもそもうちのサークルの数倍売れているわけだし)。
筑波批評自体は大体読みおわったので、近いうちに感想でもアップしたいと思います。
]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/7-1.html</link>
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            <pubDate>Mon, 10 Nov 2008 19:45:11 +0900</pubDate>
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            <title>『アーカイブ騎士団003 メタバシス―ものすごい大砲―による星間周遊（31世紀）』 </title>
            <description><![CDATA[第七回文学フリマ参加します！


ようやく入稿しました......。
TeXで組版したら死にかけました。縦書き+文庫サイズとか相当な達人じゃないと無理。ボーナスでInDesign買おうかな。
ちなみに、以前言っていた「フレーゲさまが見てる」(分析哲学パロディ本)は、まだまったく手をつけてません。どうしようかな......。クォリティが低いものを出すのはアレなので予告編だけとか？



*p0*『アーカイブ騎士団003 メタバシス―ものすごい大砲―による星間周遊（31世紀）』
<a href="/images/ack003-cover.png" target="blank"><img src="/images/ack003-cover_s.png" alt="アーカイブ騎士団003" width="520" height="357"></a>
http://www.at-akada.org/archive/log/archive003.html


<a href="http://bunfree.net/">第七回文学フリマ</a>
-2008年11月 9日（日）
-開場11:00～終了16:00
-場所:東京都中小企業振興公社　秋葉原庁舎　第1･第 2展示室
-スペース:1階のA-40



*p1* あらすじ
>>
* おかしな星々を逃げ回る 泣き虫画家の逃走劇！
時は31世紀、宇宙に名だたる天才ホログラム画家シャノワール・サトル（童顔・27歳）には放浪癖があった。未知の星々をまたぐ大砲メタバシスに乗ってサトルは未知の星々を巡る。師匠を追う弟子の田中（美少女・セーラー服・17歳）。サトルが出会う奇妙な星々と人間を描く、奇想系宇宙周遊小説。
<<



*p2* 目次
-「キャラクター惑星の千年幼女」赤田敦（あかだ　あつし）騎士+森朋一（もり　ともかず）騎士
-「タマゴの惑星の卒業」赤田敦騎士
-「温泉惑星の怪人」森朋一騎士
-「4コマ」いよかんの騎士
-「どうしてこの本はここにあるのか」赤田敦騎士
-「千年幼女制作対談」赤田敦騎士+森朋一騎士



*p3* 収録作品の解説
前回の002は、なんとなくテーマが忍者小説に決まったので、「観念的な忍者小説というのは無いので作ったらおもしろいかな？」と思って書いた。よく考えると「観念的な忍者小説です。ふつうの忍者小説じゃないです」って言った方がよかったと思うのだが、うっかり普通の忍者小説であるかのように言ってしまったのでスルーした人が多かったのではないかと思う(パラパラ見て、数学の話とか書いてあるのを見てはじめて興味を持ってくれた人が多かった)。
自分の書いたものを読み直してみると、アイデアはともかく内容は観念的すぎて自分でもよくわからなかった。なので、今回はもっとふつうにストーリーのあるポピュラーな感じにしてみた。


今回は、「シリーズものでいこう」ということだけが最初に決まったので、私が昔から偏愛している「変な惑星を巡る宇宙旅行小説(999みたいなやつ)」にすることになった。本当は変な惑星をもっと出して奇妙な感じにしたかったけど、惑星は意外とふつうになってしまったのが残念。
裏テーマとしては、「ラノベにしよう！ ラノベははずかしくない！」という相談をしていた。
なので、がんばって「ヒロインが嫉妬してムキー」みたいな要素を入れるようにした。恥かしくない！と表向きは言っていたが、実際には恥かしくてつらかった。



-表紙
前回につづき、川越くん(ペンネームは恥しいからやめたらしい)につくってもらいました。いそがしいなかキャラクターデザインまでやってくれた上、素晴しい表紙をありがとうございます。
川越くんはふだんはコンテンポラリーアートとかデザイナーをやっていて、どっちかと言うとアカデミックでアブストラクトな作品をつくっていると思う(作品にあんまり変な形容詞をつけると怒られそうで怖いのだけど)。その川越くんが美少女の絵を描いてラノベ的な表紙をつくっているというのが、わたしのなかでは最高におもしろいのだが、そのおもしろさは言わないとなかなか伝わらないので残念です。



-「キャラクター惑星の千年幼女」
これだけは2人で書いた。結構いそいで書いたのだが、終了後の感想としては「あれ？これが一番おもしろくない？」とふたりで話していた。
制作ミーティングのログを見ると、最初は観念的なアイデアをいろいろ話しているのだが、最終的にはなぜか「主人公が1000年間生きている幼女と対決する」という糞ショービニスティックな話になったのがおもしろかった。
今回はいろいろつらかったのだが、これを書く過程はとても楽しかったので、以前より思っていた「小説は2人で書いた方がおもしろい」という感想をいっそう強めた。世間には2人で書いた小説はあまり無いし、2人で小説を書く人もあまりいないのだが、小説は2人でやる方がおもしろいし、作業を分担できて楽だと思います。


個人的には、「自分の男性性を嫌悪し二次元美少女に自己投射するオタク男性のメンタリティ」について考えることが最近多かったので、そのことを書くようにした。



-「タマゴの惑星の卒業」
これはわたしが書いた。最近「働くって何かなー」「小説の才能とか能力とか無いのでつらいなー」とよく思っていたのでモラトリアムとか就職のことを書いた。
書くのがとてもつらかった。つらいのを緩和するためにラノベっぽいシーンとかギャグとかをこまめに入れるようにした。
自分で読み直してみると、内容はラノベ的な描写が多いのに文章がラノベじゃないので変な小説だと思った。そういう変さは大切にしていきたい。



-「温泉惑星の怪人」
mmwwが書いた。温泉、覗きというベタなテーマがすばらしいと思います。



-「4コマ」
前回につづき、いよかんの騎士(id:mikan3)先生の4コマです。シリーズものなので、シリーズ中のキャラクターを使って描いてもらいました。
いよかんの騎士先生の4コマが見られるのはアーカイブ騎士団の同人誌だけ！です。今のところ。



-「どうしてこの本はここにあるのか」
以前から「制作者の顔が見えない同人誌ってダメだよね」と思っていた。
なので、直接的に自分の思いを表現する文章を入れてみた。
正直力を発揮し、わりと赤裸々に小説とか同人誌に対する思いを書いてみました。わたしは市井のふつうの人間だが、ふつうの人間が赤裸々に自分のことを書いた文章はおもしろい、と少なくとも私は思っている。この文章を読むと、わたしという人間が多少は見えるはずなので、人によってはこれが一番おもしろいかもしれない。



-「千年幼女制作対談」
制作過程をすべて公開したいと前からずっと思っていたので、制作ミーティングのログを入れてみました。メッセで話した内容を編集してます。
2人で小説を書いている人というのはあまりいないようなので、「こうやって書いてます」というのを公開してみたのです。
]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/003-31.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">アーカイブ騎士団</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">告知</category>
            
            <pubDate>Sun, 09 Nov 2008 22:42:07 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>哲学系読書会の件</title>
            <description><![CDATA[↓ここで話していた読書会の件ですが。
http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2-17.html#comments


興味がある風だった以下の人々に呼びかけます。
1回集まって話さないですか？
今のところ、ほんとうにまだ何も決まってないです。
個人的には、
-頻度: 隔週かそれ以下
-読むもの: 形而上学の教科書的な書物か言語哲学の古典
を希望という感じですが、それ以外でもいいです。
(kugyoさんから価値論という意見もでました。価値論ならtanakaxさんとかに教えてもらえそうなのでいいかもしれないです)。
(koljaさんって、このブログの人であってますよね？ 別人だったらごめんなさい)。


-<a href="http://d.hatena.ne.jp/kolja/">kolja</a>
-<a href="http://d.hatena.ne.jp/kugyo/">kugyo</a>
-<a href="http://d.hatena.ne.jp/shinimai/">shinimai</a>
-<a href="http://d.hatena.ne.jp/tanakax/">tanakax</a>


とりあえずわたしは、今週末は文学フリマなどでだめそうなのですが、来週末くらいなら大丈夫です。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-270.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-270.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">告知</category>
            
            <pubDate>Wed, 05 Nov 2008 08:27:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ほしい本のメモなど</title>
            <description><![CDATA[最近出た本でほしい本のメモなど。お金が無いので買いびかえています。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326153989/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41jw0KPvI1L._SL75_.jpg"  alt="科学哲学入門―知の形而上学" title="科学哲学入門―知の形而上学" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326153989/ref=nosim/atakadaorg-22">科学哲学入門―知の形而上学</a>
中山 康雄 (著)
勁草書房、2008/10


形而上学やったり社会の哲学やったりしている人ですね。


『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326199156/ref=nosim/atakadaorg-22">言葉と心 (双書エニグマ)</a>』も気になる。
関係ないけど、たまたまおすすめにでてきたこれも前から読みたい本だ。『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4815804532/ref=nosim/atakadaorg-22">疑似科学と科学の哲学</a>』。



岩波哲学講座もどんどんでてくるなあ。形而上学の巻はおもしろかったよー。
↓目次とか。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/011261+/top2.html


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112643/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31uZ6tB8XVL._SL75_.jpg"  alt="岩波講座哲学 4 (4)知識/情報の哲学" title="岩波講座哲学 4 (4)知識/情報の哲学" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112643/ref=nosim/atakadaorg-22">岩波講座哲学 4 (4)知識／情報の哲学</a>
飯田 隆 (編さん)
岩波書店、2008


この巻は買おう！と思いつつ。



<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112651/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41g6X9B-TTL._SL75_.jpg"  alt="心／脳の哲学 岩波講座哲学 5 (5)" title="心／脳の哲学 岩波講座哲学 5 (5)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112651/ref=nosim/atakadaorg-22">岩波講座哲学 5 (5) 心／脳の哲学 </a>
村田 純一 (編さん)
岩波書店、2008


前から出てるけど、この巻もいいなあ。



<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112694/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41AvxomvNDL._SL75_.jpg"  alt="岩波講座哲学 9 (9)" title="岩波講座哲学 9 (9)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112694/ref=nosim/atakadaorg-22">岩波講座哲学 9 (9) 科学／技術の哲学</a>
飯田 隆 (編さん)
岩波書店、2008


この巻もぷち気になってる。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-269.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/11/post-269.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">雑記</category>
            
            <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 09:53:20 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>読書会2件</title>
            <description><![CDATA[理系っぽい読書会と、文系っぽい読書会を1つずつやりたい。
ときどき理系の人で、「文系の人がすなる読書会というのはよくわからない」という人がいるけど、計算機系の人は結構読書会してるよね。
あとこのあいだ会社のCTOが「計算機っていうのは論理で論理っていうのは哲学だから、コンピューターは文系の学問」と言っていた。わたしもときどきそう思わないでもない。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489471163X/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ZSMEJ9Y2L._SL75_.jpg"  alt="計算機プログラムの構造と解釈" title="計算機プログラムの構造と解釈" /></a>
-『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/489471163X/ref=nosim/atakadaorg-22">計算機プログラムの構造と解釈</a>』
ジェラルド・ジェイ サスマン (著), ジュリー サスマン (著), ハロルド エイブルソン (著), Gerald Jay Sussman (原著), Julie Sussman (原著), Harold Abelson (原著), 和田 英一 (翻訳)
ピアソンエデュケーション、第2版、2000


有名な本です。こっちはもう動き出しているので参加したい人はすぐ名乗り出てください。途中参加も可能。
今のところ、<a href="http://d.hatena.ne.jp/smoking186/">smoking186</a>という博士の学生と、有名私立高校のふきだまりから生じた精気のない学部生3人組とわたしの同僚のスーパーハカーなどが参加を希望しています。


<ins datetime="2008-09028T7:59:58+09:00">こっちの方はだいぶふえたのでぼちぼち締切ります。</ins>




あともう1つ哲学系の読書会をしたいなあと思っているのだけど、まだ何も決まっていない。
1人読書会をしたいという人を見つけたので、やるかも、というだけ。
個人的にはカルナップとか読みたい。とにかく分析哲学系で何か読みたいなあと思うんだけど、まだ何も決まってません。「やりたい」というだけです。誰か他にもやりたい人はいないのだろうか。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2-17.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2-17.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">告知</category>
            
            <pubDate>Sat, 25 Oct 2008 02:23:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>雑記2008年10月15日(水)</title>
            <description><![CDATA[*p0* このブログとか
サイトの運営方針について最近よく考えている。考えているだけであまり実行しないけど。
最近哲学ネタを書いたりしているといろいろリアクションがあったりしてうれしいので、ここはもう読書ブログにしてしまおうかと思っている。
わたしはエンジニアでもあるので、何かプログラムを書いてものをつくって発表したりしたいなーとか、技術ネタをいろいろ書いたりしたいなーとも思うのだが、このブログにそれを混ぜていくのはもう止めようかなーと思わないでもない。思うに、技術ネタを期待する人は私の読んだ小説とか哲学書の感想は別にそんなに聞きたくないんじゃないかと思うんだ。まあ受け手がどう思うかは想像の範囲外だが、エンジニアとして人にあって、「わたしはエンジニアなのでエンジニアとして技術情報満載のブログを書いています」とこのブログを紹介するのはちょっとなーと思うし。いや、そもそも何も紹介しなくてもいいんだが、エンジニアとしてのプレゼン用のブログがあってもいいなと思う。カオスなのもいいんだけど、機能を考慮するとそろそろ分けたくなってきたなーと。


なので、技術系の話はそれはそれで分けて別に運営しようかと思う。あとこのサイト自体いろいろ恥かしくてアレなので、もっと機能を最小限にして、www.at-akada.orgは同人誌の紹介とブログを置くだけの場所にしようかと思う。ということをだいぶ前から考えていて、自己プレゼン用のサイトをつくるために本名でドメインを取ったりもしているのだが、まだ実行していないというだけ。



*p1* 小ネタ - iTunes
iTunesを目覚しに使いたいというのが長年の悲願でありいろいろとフリーソフトを試してきたのだが、最近iTunesを操作するスクリプトが意外に簡単に書けるのを知ってすべてが解決しつつある。
iTunes操作用COMオブジェクトの仕様が公開されていて、JScriptなどを使ってiTunesを操作するスクリプトを書ける。
<a href='http://ja.wikipedia.org/wiki/Component_Object_Model'>Component Object Model - Wikipedia</a>
<a href='http://ja.wikipedia.org/wiki/JScript'>JScript - Wikipedia</a>


あんまり日本語の情報がないのだが、以下からドキュメント(英語)を落せる。
http://developer.apple.com/sdk/itunescomsdk.html


とりあえず作った目覚し用スクリプト。
>|
//morning.js
var itunes = WScript.CreateObject("iTunes.Application");
var pl = itunes.LibrarySource.Playlists.ItemByName('目覚め');
itunes.SoundVolume=100;
pl.PlayFirstTrack();
|<
目覚めという名前のプレイリストを実行するだけ。
これをmorning.jsとかそんな名前で保存。ダブルクリックすると、プレイリストが再生される。あとは毎朝7:30に実行するように設定するだけ。
Windowsのタスク・スケジューラというものに登録すれば、毎朝定期実行させられる。タスク・スケジューラの登録は簡単だが、スクリーンショットなどを取って説明するのが面倒なので検索してください。
-[google:タスク・スケジューラ]



*p2* いろいろ
長らくはてブを非公開で使っていたがこのたび見せブクマをつくってみた。アンテナの使用をやめたので旧id(yoru_hikaru)を使う機会も少なくなってきたのでこちらに移行することにして、ついでに公開してみることにした。
はてブは、タグを増やしすぎないようにするのが難しいと思う。
自分でつくったなかでわりと気に入っているのは「傾聴」というタグで、「おもしろい意見だなー」とか「その発想はなかった」というのはぜんぶこのタグですむので使い勝手がよい。
http://b.hatena.ne.jp/at_akada/


ついでに使ってるWebサービスをさらしてみる。
-http://mediamarker.net/u/at_akada/
蔵書をすべて登録しようと思っているのだが、最近さぼりがち。


-http://projecteuler.net/index.php?section=profile&profile=at-akada
Webサービス？ 42問で止まっている。ユーザーじゃないとprofile見れないらしい、ごめんなさい。
旅行中にミラー-ラビン素数判定法が理解できた気がするので早くProbrem 42を解こうと思う。


-http://twitter.com/at_akada/
-http://twitter.g.hatena.ne.jp/at_akada/
Twitterですよ。


-http://wassr.jp/user/atakada
使ってない。


-http://web-kare.jp/home/atakada
最近話題のウェブカレ。


-http://www.lastfm.jp/user/at_akada
アニソンしか聴いてないので<a href="http://d.hatena.ne.jp/bonsens/">bonsens</a>に小馬鹿にされた。




*p3* 京都行った
維新派の「<a href='http://www.ishinha.com/history/kokyukikai/SP/'>「呼吸機械」《彼》と旅をする20世紀三部作 #2</a>」を見ました。
-維新派の舞台は、ストーリーはよく理解できなかった(前半少し寝てしまったせいもある)が、舞台装置が派手でおもしろかった。
-<a href='http://www.kyokitsu.net/cafe/cafe.cgi?cafe=fra'>フランソワ</a>に行った。
-京都では偶然友達の送別会が開かれており、そこで古い友人にまとめて会えたのでよかった。
-旅行中は主に「どうすればモテるか」という話をしていた。以下のような意見が出た。
--味噌をつくる男はモテる
--有名になればモテる
-旅の思い出(@清水寺)。写真これしかとってない。
--http://twitpic.com/fvck

]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/20081010.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/20081010.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">雑記</category>
            
            <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 02:42:18 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>谷川流『学校を出よう!2 I-My-Me』</title>
            <description><![CDATA[
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840224331/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/5187PGES3PL._SL75_.jpg"  alt="学校を出よう!〈2〉I‐My‐Me (電撃文庫)" title="学校を出よう!〈2〉I‐My‐Me (電撃文庫)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840224331/ref=nosim/atakadaorg-22">学校を出よう!〈2〉I‐My‐Me (電撃文庫)</a>
谷川流(著), 蒼魚真青(著)
メディアワークス、2003


ハルヒおもしろいなーって言ってたら、人からたびたび学校を出よう!も読めと薦められるので、読んでる*。学校を出よう!1は「あー、ハルヒよりふつうにラノベっぽいかなー」というくらいでそれほどでもなかったのだけど、2はめちゃくちゃおもしろかった。1とは設定、世界観を共有してるみたいだけど、主人公その他も別なので、いきなり2から読んでも大丈夫だと思う。
<div class="note">* 両方読んでる人は大抵『学校を出よう!』の方がおもしろいって言うんだよ。</div>



*p0*あらすじ
神田健一郎は気がついたら血のついたナイフを片手に3日前にタイムスリップしていて、しかもこの6日間の記憶が失われていた。部屋に帰ると、今度は3日前からタイムスリップしてきてしまったもう1人の自分に遭遇する。
2人(1人？)は同級生の女子を巻き込み、
-(1)なぜ自分たちは時間を移動したのか
-(2)かすかに記憶にある誘拐事件
の謎を解こうとする。
時間移動もののSFミステリですね。


*p1* ドラえもんだらけ
作中でも言及されているけれど、元ネタはドラえもんですね。1時間後、2時間後の未来のドラえもんをつれてきて宿題を手伝わせる話。「ドラえもんだらけ」(5巻収録)です。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091400051/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/514XG3KJTYL._SL160_.jpg" border="0" alt="ドラえもん (5) (てんとう虫コミックス)" title="ドラえもん (5) (てんとう虫コミックス)" /></a>
-『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091400051/ref=nosim/atakadaorg-22">ドラえもん (5) (てんとう虫コミックス)</a>』
-http://jp.youtube.com/watch?v=hVzDk3X2W7c


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094510443/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51qs79LGXXL._SL75_.jpg"  alt="人類は衰退しました 2 (ガガガ文庫 た 1-2)" title="人類は衰退しました 2 (ガガガ文庫 た 1-2)" /></a>
-『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094510443/ref=nosim/atakadaorg-22">人類は衰退しました 2 (ガガガ文庫 た 1-2)</a>』
『人類は衰退しました』でも、言及はされてませんでしたが、同様のネタは使われていました(「妖精さんの、じかんかつようじゅつ」)。わたしはドラえもんのこの回の話が大好きなので満足ですね。



*p2* 感想
ドラえもんという元ネタはあるものの、気がついたら血のついたナイフを片手に3日前にいたというところからはじまって、最後の謎解きまで含め、タイムスリップものとして非常によくできていたので、わくわくしながら読みました。この年の星雲賞がこれでもまったくおかしくない。むしろ何で受賞しなかったの？と思った。
これは次巻も大いに楽しみ。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2-imyme.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2-imyme.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">あらすじ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">感想</category>
            
            <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 02:26:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>デヴィッド・ルイス『反事実的条件法』</title>
            <description><![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326199520/ref=nosim/"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/416DEa0f4aL._SL75_.jpg"  alt="反事実的条件法 (双書現代哲学 6) (双書現代哲学 6)" title="反事実的条件法 (双書現代哲学 6) (双書現代哲学 6)" /></a>
-『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326199520/ref=nosim/">反事実的条件法 (双書現代哲学 6) (双書現代哲学 6)</a>』
デイヴィッド・ルイス (著), 吉満 昭宏 (翻訳)
勁草書房、2007


この本ずっとトイレに置いていて半年くらいかけて少しずつ読んでいたんだけど、少しずつ読んでたら途中でついていけなくなってしまった。それから少し戻って読んだりパラパラめくったりしてたんだけど、これ以上内容を把握できずにパラパラめくって読む行為に意味を見出せなくなってきたのでいったん感想を投げてけりをつける。世界の集合を使った理論の概要は何となくわかったので、また体力のあるときにでも挑戦してみることにする。
基本的には、数学的理論をつくって「反事実的条件法(もしもカンガルーに羽があれば、みたいな)」を分析する本です。
ルイス自身について言えば、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326199482/ref=nosim/atakadaorg-22">形而上学論文集</a>』に入っていた「<a href="http://www.at-akada.org/blog/2008/03/2008329.html#id_p2">普遍者の理論のための新しい仕事</a>」がわりと自分のなかでのターニングポイントになっていて、これを読んだおかげで、「形而上学おもしろいなー」と感じるようになった。今思い返してみても、これはかなり密度が高くおもしろい論文だったと思う。タイトルが『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838709641/ref=nosim/atakadaorg-22">ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事 </a>』に似ているところも好きだ。


とりあえず「これは同意できるなー」と思った部分だけまとめておく。様相論理に詳しくなったところでまた読めばおもしろいかもしれない。


なるほどと思ったポイント1。哲学は常識を体系化する。
>>
見解の蓄積を既に持ち合わせている者が哲学に携わる。これらの先立つ見解を大半において貶めるか擁護することが哲学の本文なのではなく、先立つ見解を整然とした体系へと広げていく仕方を見つけようとすることこそが哲学の本文なのである。
形而上学者による心の分析は、心についてのわれわれの見解を体系化する試みである。それは、
-(1)その分析が体系的であり、そして
-(2)その分析が、われわれが強固に持ち合わせている前哲学的な見解の蓄積を重んじる、という限りにおいて成功する。
p144
<<
哲学の仕事は素朴な信念を懐疑したり批判したり擁護することではなく、素朴な常識的見解を体系化し理解することである。
断片的にしか把握されていない日常的信念を命題の形で表現することで、どの命題がどの命題を含意し、どの命題がどの命題と矛盾するかを理解できる。つまるところ哲学の仕事はわれわれの常識的世界観がどんな部品から成り、どんな風に組み立てられているかを理解することである。
変な考え方をぶつけて常識を解体し、それが「よいことだ」と考えるような傲慢で懐疑主義な「哲学」や「啓蒙」はあまり好きではないので、こういう考え方には好感を覚える。
デイヴィド・ルイス自身はぶっとんだ発想で有名な人だが、意外と基礎はしっかりしているというか、あくまでも一定のルールを守った上で挑発的な発想を提出している点は好きだ。


ポイント2。曖昧な概念だからといって形式化をあきらめる必要はない。
>>
(ルイスの用いている「類似性」という概念が曖昧だという指摘について)
たとえ可能世界には我慢できるとしても、世界の比較可能な全体的類似性という概念は未だ絶望的に不明瞭であり、よって反事実的条件法やその他のものの解明にとってはまったく確固たる基礎となっていない、と言われるかもしれない。
私はその批判は間違っていると思う。「不明瞭であるunclear」ことが不明瞭なのである。
つまり、それは「不当に理解されたill-understood」ことを意味するのか、それとも「曖昧であるvague」ことを意味するのか？ 
...
比較可能な類似性は不当に理解されたものではない。それは正しく理解されるなら、曖昧――非常に曖昧――なのである。従って、それはまさに、それ自体明白に曖昧なものに関する正しい分析を与えるのに使用しなければならない類の原始概念である。
p149-150
<<
>>
私は固定された区別を、それを支持することがまったくできない基礎の上に立てようとする哲学者の一人ではない。私はむしろ、
-揺らいだ基礎の上に
-固定されていない区別を
立てたいのであり、その際にその双方は独立にではなく、むしろ一緒になって揺れ動くと主張するのである。
p151
<<
元々曖昧な日常概念をその曖昧さを保持したまま形式化するのは非難されるべきことではない、と。むしろ形式化によって曖昧さの分析が可能になる。
曖昧さと形式化は必ずしも矛盾するわけではない、というのは共感できる立場だ。形式化というと、曖昧さを排除して明晰な定義に置きかえることだと考えられがちだが、そうではない。第一に考えるべきことは、曖昧なものを形式的でソリッドな定義に置きかえることではなく、曖昧な世界観を、曖昧さを保持したままで(それでいて体系的に)理解することだ。そう考えるなら、これは哲学は常識を体系化するという論点とも関連するだろう。



]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-268.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-268.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">感想</category>
            
            <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 01:37:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>形而上学の教科書</title>
            <description><![CDATA[よりいっそうアブストラクトナンセンスな感じになるために、形而上学の教科書など探してみる。
『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393360508/ref=nosim/atakadaorg-22">環境のオントロジー</a>』の参考文献など見つつ。


-<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/388405080X/ref=nosim/atakadaorg-22">Handbook of Metaphysics and Ontology (Analytica (Philosophia Verlag).)</a>
ハンドブック。これはさすがに買えない。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415261090/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31C7Y3T2NZL._SL75_.jpg"  alt="Metaphysics: Contemporary Readings (Routledge Contemporary Readings in Philosophy)" title="Metaphysics: Contemporary Readings (Routledge Contemporary Readings in Philosophy)" /></a>
-<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415261090/ref=nosim/atakadaorg-22">Metaphysics: Contemporary Readings (Routledge Contemporary Readings in Philosophy)</a>
これは論文集。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415261074/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41FAM5AG5YL._SL75_.jpg"  alt="Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions in Philosophy)" title="Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions in Philosophy)" /></a>
-<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0415261074/ref=nosim/atakadaorg-22">Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions in Philosophy)</a>
これが同じシリーズの入門書みたい。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1405112298/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41CS2PYFuDL._SL75_.jpg"  alt="Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)" title="Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)" /></a>
-<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1405112298/ref=nosim/atakadaorg-22">Contemporary Debates in Metaphysics (Contemporary Debates in Philosophy)</a>
これは<a href="http://d.hatena.ne.jp/pubkugyo/">pubkugyo</a>さんが言及していた。
9つのテーマについて、対立する2つの説を順に読んでいくという構成らしい。おもしろそうだ。
9つのテーマは「抽象的存在者、因果と自然法則、様相と可能世界、人格の同一性、時間、持続persistence、自由意志、メレオロジー、メタ存在論」だそうです。
http://twitter.com/pubkugyo/statuses/947226222


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112627/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31nL3dUtJ4L._SL75_.jpg"  alt="岩波講座哲学 2 (2)" title="岩波講座哲学 2 (2)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112627/ref=nosim/atakadaorg-22">岩波講座哲学 2 (2)</a>
飯田 隆 (編さん)
岩波書店、2008
この本は、日本語で出ていて、もう買ったけど、良い本のようですね。
以下目次。
>>
-I 形而上学の核心
--１ なぜ世界は存在するのか 永井均
--２ 「形而上学」の死と再生 鈴木泉
--３ もの／こと，個体／普遍 坂下浩司
--４ 必然・可能・現実 三浦俊彦
-II 形而上学の現代的位相
--１ 出来事と因果 柏端達也
--２ 無の場と創造性 田中裕
--３ 決定論と自由 美濃正
--４ 曖昧性のメタフィジックス 一ノ瀬正樹
-探究　形而上学は（なぜ）批判されなければならないか？	斎藤慶典
<<
]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-267.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-267.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リスト</category>
            
            <pubDate>Tue, 07 Oct 2008 01:17:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>雑記2008年10月5日(日)</title>
            <description><![CDATA[*p0* 買った本
本を買いすぎることは病と知れ。
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112627/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31nL3dUtJ4L._SL75_.jpg"  alt="岩波講座哲学 2 (2)" title="岩波講座哲学 2 (2)" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000112627/ref=nosim/atakadaorg-22">岩波講座哲学 2 (2)</a>
飯田 隆 (編さん)
岩波書店 (2008


形而上学の巻。かなり良さそう。ティブルスのパラドックスも出てくるようなのでこれで勉強します。
というかそろそろ英語圏の教科書でも読んでまじめに形而上学の勉強したいなーと思いはじめている。


<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000024205/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/410NZJNZVCL._SL75_.jpg"  alt="ライプニッツの哲学―論理と言語を中心に" title="ライプニッツの哲学―論理と言語を中心に" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000024205/ref=nosim/atakadaorg-22">ライプニッツの哲学―論理と言語を中心に</a>
石黒 ひで (著)
岩波書店; 増補改訂版版 (2003


<a href="http://d.hatena.ne.jp/leibniz/">monadoさん</a>という人に池袋で会ったので、「じゃあせっかくなのでライプニッツでも読むか、と意味のわからない発想でジュンク堂によって購入した。モナド論も探したけど、見つけられなかった。
以前より、「ライプニッツを読むならまずこの本を手がかりにしよう」と決めていたゴリゴリの分析哲学者が書いたライプニッツ本。初版は英語で72年に出たあと、日本語に翻訳されたそうだ。名著の予感。


というか、Amazonのレビューみてびっくりしたんだが、石黒ひでって女性だったのか。
]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2008105.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">雑記</category>
            
            <pubDate>Sun, 05 Oct 2008 03:16:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>逆猫のティブルスのパラドックス </title>
            <description><![CDATA[逆猫のティブルスのパラドックス
猫のティブルスのパラドックスもあまり有名ではない(Wikipediaに項目さえないし、googleでもひっかからない)ので、おもしろがる人は少ないだろうと思われるが、考えたので一応発表する。パラドックスというかショートショートですね。


>>
ティブという少年がいた。物心ついた頃から、ティブの体は、ティブよりも大きな透明な男に包まれていた。ティブは男をティブルスと呼んでいた。ティブルスを見ることができるのはティブだけだ。ティブルスの体は透明で見えないが、ティブの体を取り巻くようにいつもそこにいることをティブは知っていた。
病気で伏せた夜、熱に冒された頭で障子の外に降る雨を見つめていると、ティブルスの体がティブをあやすように揺れる。大きな怪我をした日、ティブルスは大きな手でいつくしむように傷口をさすった。
ティブはいつも、ティブルスに守られているように感じていた。


いつしかティブはひとりの大人の男として成長し、ティブルスのことを忘れてしまった。ところが、ある日、ティブは、かつて感じていたティブルスの輪郭が現在の自分の輪郭に一致することに気づいた。ティブはそのときに悟った。幼い頃より自分を守っていたのは未来の自分であったのだと。
<<


↓猫のティブルスのパラドックスは(私の理解するところによれば)こういう感じです。なぜか対話になっているのは同人誌の小説の一部に入れようと思って書いていたせいですね(入れなかったけど)。
>>
「うん、わかってる。ところで、猫のティブルスのパラドックスを知っているか」
「知らないけど」
「だろうな。うちの惑星に伝わる昔話だ。人や物の一部に名前をつけることがあるじゃないか」
「たとえば？」
「右手に女子の名前をつけてかわいがるとか」
「気味の悪い例だ」
「人面疽に名前をつけてかわいがるとか、ミトコンドリアに名前をつけるとか、そういうのだよ。何でもいいが、ティブルスは猫で、ティプルスの尻尾以外の部分をティブと呼んでいる」
「何のために？」
「そのときは何か理由があったんだろうが、詳しくは知らん。この問題のために重要な点は1つ。ティブはティブルスの一部だけどティブルスそのものじゃない。何か別のものだ。おまえの右手がおまえ自身ではないように」
「ところが、ティブルスはある日、事故で尻尾を失しなってしまった」
「かわいそう」
「さて、問題、今やティブというのはティブルスそのものなわけだが」
「わかった、尻尾を失なったティブルスは主人の帰りを待ちつづけ」
「......土砂に埋もれ、地層の中で立派な石像になりました」
「いい話だ」
「そんな話じゃない。真面目に話させろ」
「今やティブとティブルスは物質的には完全に1つのものになりました。しかし、事故以前にはティブとティブルスは別のものだったわけで、事故のせいで2つのものが1つになった？ そんなことがありえるんだろうか？ というのが問題」
「ティブとティブルスが物質的に一致していたとしても『同じもの』と認める必要はなくない？」
「そう考えるなら、きみは魂と肉体の二元論にくみすることになる。ティブルスのアイデンティティはティブルスを構成する物質ではなく、どこか他の場所にある何かだと認めるのだから」
「あー、なるほど。どう見ても昔話じゃないね？」
「子供の頃、ママンが昔話だと言って聞かせてくれた」
「哲学的なママン......」
<<]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-266.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/post-266.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 01 Oct 2008 23:33:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>雑記2008年9月30日(火)</title>
            <description><![CDATA[*p0* 近況
最近ブログを更新してないですが、更新していない間何をやってたかというと、Twitterをしていました。
http://twitter.com/at_akada


同人誌の原稿締切と仕事の納期が重なって、いろいろつらく、ブログ記事を書こうとすると、
→「しまった、ブログ記事を書いている場合ではない。同人誌の原稿を書くのだ」
→「同人誌の原稿もつらい。ちょっとTwitter見よう...」という塩梅です。
他にも何かプログラムを書こうと思うと、
→「しまった、プログラムを書いている場合ではない。以下略」
あとTwitterは最近運営方針を変えてオープンにしたら何か楽しくなってきたので夢中になってやっていたという感じですね。


一番やらなければならないことから逃避しているときは、二番目にやらなければならないこと/やりたいことをやろうとすると「ちがう、あれをやらねば！」と思ってしまい、しかも一番目のタスクからも逃避しているため、結局ぜんぜんやらなくていいことにリソースをさいてしまいがちになるという現象です。これをつづけていると、心の中のプライオリティと現実の時間的リソースの配分がズレていってしまい心の健康によくないのではないかと思っているしだいです。
ちなみに今は同人誌の原稿締切も仕事の納期も大体終わったので平穏ですね。平穏になりたいですね。


いそがしかった時期に本などはいろいろ読んでいたのでブックレビュー、感想などはあとでまたまとめて書きたいところです。



*p1* 蒼龍さん
「<a href="http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/">蒼龍のタワゴト-評論、哲学、認知科学-</a>」の蒼龍さんが過去に書いた記事にコメントをくれました。
こんな昔の記事を見てるのはわたしだけだと思うんですが、他の人も見れると有益だろうと判断し、リンクを貼っておきます。


-<a href='http://www.at-akada.org/blog/2007/04/2-11.html'>2つの可能世界 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ</a>
過去記事の内容自体は今とだいぶ考え方が違っています。



*p2* 新刊とか
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4846007898/ref=nosim/atakadaorg-22"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Fs8KF4hyL._SL75_.jpg"  alt="知りすぎた男―ホーン・フィッシャーの事件簿 (論創海外ミステリ (81))" title="知りすぎた男―ホーン・フィッシャーの事件簿 (論創海外ミステリ (81))" /></a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4846007898/ref=nosim/atakadaorg-22">知りすぎた男―ホーン・フィッシャーの事件簿 (論創海外ミステリ (81))</a>
G.K.チェスタトン(著), 井伊順彦(訳)
論創社、2008


ドーン！！ チェスタトンの新訳がでてた。]]></description>
            <link>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2008930.html</link>
            <guid>http://www.at-akada.org/blog/2008/10/2008930.html</guid>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">雑記</category>
            
            <pubDate>Wed, 01 Oct 2008 21:14:54 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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