操作方法

社会的実践としての
フィクション

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全体の目次と
今回の発表で扱う部分

  1. 1 理論の部
    1. 1.1 序: 本稿の扱う問題
    2. 1.2 全体の構成
    3. 1.3 用語の整理
    4. 1.4 注意書き
    5. 1.5 理解を記述する
  2. 2 記述の部
    1. 2.1 慣習的場面としてのフィクション
    2. 2.2 ジャンルを参照すること
      1. 2.2.1 ジャンルという問題
      2. 2.2.2 ジャンルを理解する
      3. 2.2.3 相互行為としてのジャンル
      4. 2.2.4 ジャンルを書き換える
    3. 2.3 あらすじの正しさとストーリー←
      1. 2.3.1 あらすじのパターン
      2. 2.3.2 じらせパターンのあらすじ
      3. 2.3.3 あらすじとストーリー
    4. 2.4 結語: フィクションであること

* 基本的には「あらすじの正しさとストーリー」の話をします

この論文は何をする論文か

人がフィクションの作品にかかわるという実践を社会学的に扱う

フィクションとは何か

=>「ストーリーを持った作品」のこと。
小説、映画、漫画、アニメーションなど

社会学的とはどのようなことか

=>社会的行為を固有の対象とする

社会的行為とは何か

=>他人から理解されることを成立の要件とする行為のこと

ex.約束

「わたしはaさんと約束したがaさんは聞いていなかった」は成立しない。

社会的行為とは何か(2)

社会的行為はしばしば慣習を伴う

ex.「授業中に手をあげた場合、『意見表明の意志表示』と解すべき」

これらの慣習が社会的行為の理解・成立を助ける

社会的行為をいかにして研究するか

本稿は、フィクションという領域における社会的行為と諸慣習を対象とする

「あらすじの正しさとストーリー」

「あらすじ」とは何か

=>作品のストーリーを要約的に報告する記述のこと。

ただし本稿における問題は「あらすじ」そのものではなく、「ストーリーを語る」という行為とそこにおける理解の問題である。

用語の整理

物語
複数の時点の出来事について語る語り
複数の出来事の間の関連性を示す語り
ex.
「大地震を原因として津波が発生した」
「今思えば朝から気分が悪かったが、地震の到来を予感していたのかもしれない」

=>フィクションの作品は必ず何らかの物語を語る

用語の整理2

ストーリー
作品によって語られた物語のこと

重要なこと

出来事の意義は、物語的コンテキスト(歴史的コンテキスト)に相対的である
=>出来事の意義は前後の出来事との関係によって決まる

また物語は複数の出来事の関連を必要条件とする
=>物語を語るには複数の出来事の関連を示さなければならない

本稿が取り上げる論題

あらすじにおける慣習的所作の1つ

じらせパターン
「そのとき男が見たものは......」という、省略によって読んだ者をじらせるタイプのあらすじの語り

さしあたっての疑問は

この慣習的所作はいかなる仕方で理解されるか

それは物語を理解することにとってどのような貢献をするか

じらせパターンの文法的特徴

=>3点リーダーないし疑問形による文の中断

また、形としては2つのパターンがある
(* Xは文の中断を示すものとする)

「夏貴は正哉を失いたくない一心でそれに応じるが……」

「ある日王女の行方を追う使者が現われると、ウィスプは態度を豹変させた。実は、ウィスプの正体は…」

実例と (内省的な) 分析によってわかること

実例と (内省的な) 分析によってわかること(2)

以上の分析をすべて考慮するとX部分(省略部分)の意味は以下のように明示される
* e,fは出来事を示す。xは付帯情報を示す。

重要なこと

この慣習的パターンは出来事の意義に対する強調を示すものである

出来事の意義は誰にとってか

「重要である・驚くべき出来事」であるのは誰にとってか

=>作品のストーリーにとっての意義である
作品にとって重要でない出来事を、じらせパターンによって強調するのはおかしい

「作品にとって重要」とはどのようなことか

=>当の作品がその出来事を重要な出来事として提示しているということである

つまり、じらせパターンによって出来事の重要さを明示することは、作品の意図の記述であり、しかも公共的にチェック可能な記述である。適切なあらすじを書くためには作品が出来事にどのような意義を与えているかを知らなければならない。

出来事の意義は誰にとってか(2)

「適切なあらすじを書けること」と「ストーリーを理解していること」をある程度重ねてよいならば、ストーリーを理解するためには「作品が出来事にどのような意義を与えているか」を知らなければならない。

一方、作品は出来事の意義をどのように示すか

=>さまざまな技法がある...
ex. 主人公の予感を描く

結論

ストーリーを語ることは社会的行為である

当のストーリーが理解されなかった場合、ストーリーを語ることは失敗に終わる。

一方、ストーリー (出来事の意義) を理解させるために

諸々の慣習的所作を利用することができる。

本稿が扱った「じらせパターン」はこの一例である。

=> フィクションのストーリーを語り、それを理解することは一種のコミュニケーション・相互行為であり、フィクションにかかわる様々な慣習的所作をそれらのコミュニケーションを達成するための技法として捉え直していくことができる。

補足

「出来事の意義を示すこと」
「ストーリーを語ること」
「フィクションであること」
の関係

「物語をドラマチックに語る技法」はフィクションと結びついた慣習であり、フィクションとともに進化してきた技法であるが、必ずしもフィクションに固有ではない。

ノンフィクションの場合でも、あたかもフィクションのようなドラマチックな描写がある。

しかし、出来事の意義が「フィクションであるかどうか」に結びつくこともある

補足(2)

フィクションの場合にしかありえないような出来事の意義

=>先行する作品との関係で重要となる出来事
「引用」「パロディ」「ジャンルの規則に鑑みて意外な出来事」

補足(3)

ノンフィクションの場合にしかありえない出来事の意義

=>実在の出来事は作品を介さずに実在の出来事と因果関係を持つ

そのことが出来事の意義に結びつくようなケースは、フィクションの場合にはありえない

ex. 「実在の殺人事件をおもしろいということは不謹慎」
フィクションの殺人事件をおもしろいということも不謹慎かもしれないが、実在の殺人事件をおもしろいということはより不謹慎である
(* フィクションであるかどうかによって出来事の意義が変化している)

おわり