うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめで“買った本”タグの付いているブログ記事
■ 買った本三冊
ジュンク堂にて。
- 『地球の長い午後』
ブライアン W.オールディス(著), 伊藤典夫(訳)
早川書房、1977
ほしおさなえ(著)
東京創元社、2007
赤川次郎(著)
角川書店、1984
■ 最近よく思うこと
人間はなるべく低いレベルで生きた方がいい。
「あいつ嫌いだったので死んでざまーみろと思いました」とか、それくらいの倫理観しか持たなくていいんじゃないか。
本を読んでも、「なに言ってるかよくわかんないけど、むずかしいこと言ってて頭良さそうだと思いました。でもなに言ってるのかわからないので好きではありません」とか、それくらいの感想でいいと思う。
「死んだやつのことを悪く言ったらかわいそうじゃないか」と言われたら、「やっぱりかわいそうなのでざまーみろはひどいと思いました」と訂正すればよい。「書き方は難しいけど、ここはこういう意味だよ」と言われたら、「意味がわかったので嫌いではありません」と訂正すればよい。
あまり実践できていない (実践してるけど、徹底はできていない) し、まじめに考えるとほんとにそれでよいのかよくわからないけど、とにかくよくそういうことを思う。
なんというか、基本的に馬鹿でありたいという欲望があるんだろうなあ。なぜそんなことを思うのかはよくわからないけど、褒められると落ち着かない。
↓この形式で書くと、ブログツールの意味がほとんどないが、書きやすいことがわかった。
■ くじら
via zucasa
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kyoto/news/20070609ddlk26040483000c.html
後輩がニュースになっていた。アクティブに活動していてえらいなあと思った。
直接関係ないが、最近、人の話を聞いても「うらやましい」と「かわいそう」しか感想がない。
ちょっとでもポジティブな話を聞くと、「いいなー、うらやましいなー」と言ってしまう。ちょっとでもネガティブな話を聞くと「かわいそー」と言ってしまう。「かわいそー」と言うとたいてい相手が怒るので、それがおもしろくて言っている節もある。
■ 買った本
竹内外史(著)
講談社ブルーバックス(講談社)、2001
どうして集合を学ぶのかと聞かれたら、「数学はひさしぶりなので、まず基礎論からやろうと思った」と答えよう。
■ ソニックブーム
イアン・ハッキング(著), 伊藤邦武(訳)
勁草書房、1989
この本によると、哲学者デイヴィドソンが登場したとき、その衝撃のあまり「スーパーソニックブーム」になぞらえ「デイヴィドソニックブーム」と言われたらしい。
もうね、アメリカの哲学業界はいったい何を考えているのかと思いましたね。おまえらは中学生かと。
■ 対応説・整合説
ソニックブームのために上の本を確認してたら、対応説と整合説は矛盾しない (とデイヴィドソンは言った) という話が載っていた。
ソニックブーム親父の本もいずれは読まねばならないなあ。
■ 時計
目覚ましの音に慣れてしまうため、周期的に朝起きられなくなる。数ヶ月前に買った時計では起きられなくなったため、新しい時計を買ってみた。携帯電話を入れると、これで目覚ましが4つになった。
新しい時計は電波時計なので、「時刻合わせ」ボタンを押すと、電波が自動的に時計を合わせてくれる。時針が勝手に回りながら時間を合わせていくのでハイテクだと思った。
「電波が自動的に時計を合わせてくれる」。
↑これがおもしろい発言に見えてしまうのはよくない傾向だ。
■ 2ch
私が 2ch をいかに知らないかというと、VIP は「雑談系2」にあるということを昨日知ったというくらいのものである。
■ 名無し
少し前に M川に聞いた話。ポエム・詩板から、詩文学(仮)板が独立したのだった。そして詩文学(仮)板の「名無しさん」の名 (←撞着語) を決めようとしていると。
そのときは「イリュミ名無シオン」という案が詩文学(仮)板らしく高尚でよいのではないかという話になったのだが、今日見たらいまだに決まっていないらしかった。いろいろ出ていておもしろい。
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/poetics/1171154926/
- 名無しと小鳥とすずと
- 無名詩集
- 名無しが名無しだった頃
- 二十億光年の名無し
- 名前なんてつけるんじゃなかった
- 名無しの時代はさむい。
- ぢっと手を見る名無しさん
- イリュミ名無シオン
- 汚れちまつた名無し
- いちめんのななし
- ぼくに名前がないということを口にすると全世界が凍るだろうという妄想によって僕は廃人であるらしい。
最後のが無理矢理でいい。
今日は眠れない感じなのでいろいろ書いてみる。
■なぜか finalvent の人のブログを過去ログにさかのぼって読んでいた。ウィトゲンシュタインの感覚日記の話が書いてあって、「感覚A」「感覚A」と言ってたので「Eだろ」とつっこみたくなった。しかしつっこんでもしょうがないのでいいや。いやいや、われわれはアルファブロガーのブログとかみると、「アルファブロガーって何でもよく知ってるんだナー」と頭から信じそうになってしまうじゃないか (おれだけか)。しかし、もちろんそんなわけないのでいいかげんなこともよく書いてるし、そうじゃないとやっていけないと思うのだが、読者は間違いを見つけると鬼の首を取ったかのごとく指摘したくなる。それでアルファブロガーの人もいろいろと大変だなと思った次第。様相論理についても間違ったことを書いていたように思ったが、これは指摘するとまた自分が間違ってそうで恐いからいいや。
いや、「A か E か」というレベルじゃなくて、そもそも感覚日記の議論の要点を外したようなことを書いていたように思ったのだが、そもそも私が感覚日記の議論の要点をよくわかってないので、あんまり何も言わんとこ。
■構造主義はどこで間違えたか。
これは一言で言える。「行為者のレリバンスを無視した」から。もっと砕いて言うと「構造を評価する基準が無かった」から。たとえば「~のような構造が」とか「~のようなルールが」と誰かが言い出したとき、「その構造・そのルールが本当に使用されているのか」を評価する基準がなければ研究にも何にもならないから。
自分なりの言い方で言う。「構造」とか「ルール」みたいな話をするときに、一個の基準になりうるのは、そのルールが破られたとき、ルールに従ってる人々にとって「破られたことがわかるか」ということだと思う。会話の格率だとか、ターン取得の規則はこれを満たしているのでよい。認知系に入り込んだ人たちだとまた別の基準があるんだと思うけど、私が知ってるのはそのくらい。
基本的にそれだけの話であり、「どうやって研究を評価するか」というテクニカルで世俗的な部分で議論はつきている。「構造がー」とか「力がー」とか「差異がー」とか思想的な話を読み込むべきところではない。
■時々無性にポモの人とか、人文系のイヤな部分を書き立てたくなるが自重している。
遠回しに書こうっと。カルスタの人は、むしろ正しい。馬鹿にされてることあるけど、非政治的なポモの人とか、運動しないでいまだにポスト構造主義言ってる人とかよりはだいぶまし。「構造主義」がどうしたとか「ポスト構造主義」がどうしたとかいう話は、むしろ政治的な文脈でしか救えないだろうと思う。これについて finalvent の人が「構造=ソ連」って言ってて、そういう理解はそれはそれで正当なのではないかと思った。
■買った
それで思い出した。マーケットプレースで安かったので買った。
ソール・A.クリプキ(著), 黒崎宏(訳)
産業図書、1983
↓こっちも読まなきゃだけど、後で図書館ででも読もうっと。
■フロギストンはマイナスの質料を持つ。
「フロギストンはマイナスの質料を持つ」って誰かが言い出したとき、「じゃあフロギストンって概念は使うのを止めよう」と言い出す勇気が必要。デイヴィッドソンが「言語なんて存在しない」と言ったとき、(広義の)「言語」というカテゴリーは捨てるべきだった。クリプキが「ルールなんて存在しない」と言ったとき、「ルール」という概念も捨てるべきだったかもしれない。じゃあ何が残るかっていうのはわからないけれど。
■形式的なものが好きだ。
好きでたまらない。人によってはああいうものがとても無味乾燥に見えたりするのかと思う。自分にとっては形式的なものが無味乾燥に見えたことがほとんどない。うっかり文系になってしまったので入学以後勉強しなかったけど、基本的に数学好きなんだよね。
昔ある人と話してて「哲学も数学みたいなもんだなと思って興味がなくなってしまった」みたいなことを言われたことがある。たぶんその人は「形式的で無味乾燥としている (実存的じゃない)」みたいなことが言いたかったのだと思う。私はそういう感覚がよくわからなかったので、これはちょっとびっくりした。哲学も文学もある意味では数学みたいなもんだし、そうじゃなかったらつまらないと思うんだけど。
■何かを書くと必ずあとで後悔する。
基本的に自分の書くことがいつも恥ずかしくてしょうがない。なんつうかこうものすごい「恥の感覚」があるのだが、人が恥じているのを見ると、「そんなに恥ずかしくないのに」と思う。きっと自分のことも第三者として見れば、そう言うと思うのだが、やぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。「生まれてごめんなさい」みたいな感覚がたまーにおそってくる。ときどき衝動的にブログとかサイトとか丸ごと消したくなる。数年のうちにはきっと耐えられなくなって消すと思う (一度消してるし)。ブログをずっとつづけている人はそういうの無いのかな。あっても克服しているのだろうか。それはすごいなといつも思う。
いや、もっと恥をかいて、とことん恥をかいてずうずうしくなるべきなのか。ときどきそういうことも考える。
吹っ切れることもあるけど、しばらくすると冷静になるので、やっぱり自己嫌悪してあまり長続きしない。
スタイルが未完成なことが問題なのかもしれない。1から2年くらいで考え方が変わってしまうことがある。そういうとき「考え方が変わった。これこれと言ってたのは間違いだった」みたいなことを説明するのもめんどうくさい。「昔書いたこと」と「自分が今思ってること」の落差が広がっていくと、昔書いたものが公開されていることに嫌気がさしてくる。
でもだからと言ってそれを消すのもヘンな話ではある。人に対してだったらそういうと思う。しかし堂々と残しておくのもそれはそれで難しい。年を取れば堂々とできるのか。できるかもしれない。
■最近トゥイッターやってる。トゥイッターは無責任なので今のところすごい書くのが楽。読んでる人も少ないし。
基本的に私はものすごくあがり症だ。多くの人 (数十人以上) が読んでるとか見てるとか思うとやたらに緊張してしまう。早くあがり症だけは克服したい。たまに暴走と悪のりの力でヘンなことができることもあるが、長続きしない。
■就職
私は積極的に「就職したい」と思っており、研究者には積極的に「なりたくない」と思っている。ある種の院生の人と話していると、もしかしてその辺が理解されていないのではないかと思うことがある。彼・彼女らのなかでは働くのは「イヤなこと」であり、皆が皆「研究者になりたい」と思っているのではないかと、(思いたくないけど) 思ってしまうことがある。
アレはいったい何なのだろう。働くのは研究よりもよっぽど楽で楽しいことだと思うけどな。
■プラグマティズム
思うに、プラグマティックであるとは、「高尚で深遠で形而上学的な問題を、世俗的で経験的な問題の中に解消したい・解消する」という志向を持つこと。「他者の根源的な理解不可能性」に悩む人に対し、「モテる方法」「頭が良いと思われるための話し方」という本を手渡すこと。
ところで、世の中には、アンチ・プラグマティスト、すなわち「世俗的で経験的な問題の中に、高尚で深遠で形而上学的な問題を見つけようとする人」がいる。この人たちは、「喋るのが下手で悩んでる」という人に対し、「他者の根源的な理解不可能性」みたいなことを吹き込もうとする。皮肉なことに、後者はたまにプラグマティストのことを仲間だと思い込んでしまうが、プラグマティストからすれば、こいつらこそ敵に他ならない。
しかし、両者がよく似ているのも確かだと思われる。多くのプラグマティストは、一度はアンチ・プラグマティストの道をもたどりかけ、転向の結果プラグマティストになるのではないかと思う。プラグマティストとアンチ・プラグマティストの区別に敏感なのは、プラグマティストだけであり、そもそもどちらにも関心がない大多数の人々にはあまり両者の区別がつかない。
そしてプラグマティストもアンチ・プラグマティストも基本的に負け続けている。
ちなみに私はどちらかというとプラグマティストなので注意してください。
野矢茂樹(著)
ちくま学芸文庫(筑摩書房)、2006
書店で購入。
ちょっと文庫本(論考)を一冊読むだけだと思っていたら、結局細かいところが気になってきて、ついこんなものまで買ってしまった。
今日は、人のキャリア・プランの話をしていたら影響されたので、ウィトゲンシュタインのキャリア・プランを勝手に考え直すことにしたい。もう遅いけど。
とりあえずウィト君は、財産をきちんと相続して、哲学の研究を続けるべきだったと思う。良い師匠にも、才能にもめぐまれていたのだし、本を一冊書いただけであっさり辞めて小学校教師になったのは最悪の選択だった。そもそも協調性もストレス耐性もコミュニケーション能力も無いので、少し考えれば小学校教師に向いていないことは自分でもわかったはずだ。教師よりは技師に向いているようだから、昔取った杵柄で、飛行機関係の職を探した方がまだましだったと思う。
学者になる場合、職のために論文をがんばって量産したり、自分を売り込んだりというのはできないタイプに見えるから、その点がネックになるかもしれない。しかし、財産さえ相続すれば金のことは気にせずに自分のペースで研究をつづけられたのだから、辞める理由は無かったはず。自分でも後から気がついたように、「哲学の問題はすべて解決した」というのは妄想だったわけだし、研究をつづけてさえいれば、新たな動機付けを獲得するのは時間の問題だっただろう。
そしてキャリア・プランの選択を誤った結果、彼の人生はどうなったのか。
厳しいことを言うようだが、心を鬼にして評価するに、結果は厳しいものとなった。第二の主著『哲学探究』を完成させることはできなかった。『探究』は『論考』を越えたと評価する人もいるが、影響力を比較した場合、『探究』のウィトゲンシュタインは、『論考』のウィトゲンシュタインに結局は勝てなかったのだと思う。
少し前までは、私も『探究』の方が優れていると思っていた。いまだに、どちらが好きかと聞かれれば『探究』と答えるかもしれないが、成功したのは『論考』だと思う。『論考』は哲学研究のひとつのスタンダードをつくった。論理実証主義は消えていったけれど、その中の多くのものはカルナップに受け継がれ、クワインに受け継がれ、デイヴィッドソンに受け継がれた。また、様相論理の可能世界意味論だって、カルナップを介し、間接的には『論考』の影響下にあると言えるだろう。それに対し、『探究』は果たして何を残せたのだろうか? いくつかのスローガンと、いつまでも一致しない無数の解釈をのぞけば、結果は寒々しいものではないか。
もちろん、ウィトゲンシュタインが研究をつづけていれば、よりすぐれた『探究』を書けたという保証はどこにもない。しかし、ここはひとつウィトゲンシュタインの人生を反面教師とし、キャリア・プランの選択がいかに大切かという問題をかみしめておきたい。
- 『論理哲学論考』
ウィトゲンシュタイン(著), 野矢茂樹(訳)
岩波書店、2003
どうしても決断できなかったので、『論考』を購入し、そばの喫茶店で読み終え、そのままのいきおい(←?)で内定承諾書を出しに行った。
今の気持ちを一言で言うならば、
わたしに得られる内定先の限界がわたしの世界の限界である
これである。
アマゾンで買った3冊。
アーサー C.ダント(著), 河本英夫(訳)
国文社、1989
小川義男(著)
楽書舘、2004
小川義男(編)
中経出版(発行 樂書舘)、2003
ジョージ・サーサス(著), ハーヴィー・サックス(著), ハロルド・ガーフィンケル(著), エマニュエル・シェグロフ(著), George Psathas(原著), Harvey Sacks(原著), Harold Garfinkel(原著), Emmanuel Schgloff(原著), 北沢裕(訳), 西阪仰(訳)
マルジュ社(新版)、1997
これは手元にほしいので買った。楽天に在庫があったので楽天ではじめて買ってみた。
うう、お金が...。
以下1冊は自然書店 (ネット書店ではないの意) で買った。
J.L. オースティン(著), 坂本百大(訳)
勁草書房、1991
以下2冊はネット書店で買った。
J. L. Austin(著)
Harvard Univ Pr; 2nd版, 1975
原著見ないと無理だと思った。
- 『言語行為の現象学』
野家啓一(著)
勁草書房、1993
やっぱ"speech act"は「言語行為」が定訳なのかなあ...。この本は古い本だから仕方ないけど、最近出たばかりの飯野本も言語行為だったし。"language"は「言語」、"speech "は「発言」、"utterance"は「発話」が美しいと思うがなあ。
なぜ「言語行為」がイヤか。
「発言」→「文」→「行為」の結びつきがオースティン、サールの議論の肝になっているのに、それが見えなくなってしまうところがイヤだ。「言語」っていうのは「日本語」とか「英語」とか「C言語」といったひとまとまりの体系を指すか、あるいは他のもの (この場合は「行為」?) と対比されるかぎりでの「ことば一般」を指す語だと思う。
しかしオースティンの議論のおもしろさは、「言語が行為である」という部分にあるわけじゃない。「言語が行為である」というだけだったら、弁論術とか説得術だってそりゃ「行為」としての言語なわけだけど、オースティンの新鮮さはそこにあったわけじゃない。オースティンが取り上げた「言うことが行うことである」っていう現象のおもしろさは、特定の文を発言すること (ex.「スターリン号と命名する」) が、それ自体として行為のパフォーマンスであるという部分にあるのだ。だから「言語行為」というおおざっぱなとらえ方じゃなくて、「発言行為」というよりフォーカスの絞られた言い方の方がよいと思うのだけど。しかし原著のタイトルも「言葉をもっていかにして事を為すか」だからなあ。やっぱり「言語と行為」という二項対立の方がわかりやすくてキャッチーなのか。
関係ないけど、今思いついたこと。コンピューター言語にも「変数の宣言」のような行為遂行文が存在する。「コンピューター言語の発言行為論 (あるいは語用論)」みたいな研究ってないのかな。あってもよさそうな気がするが、どうなのか。英語圏には絶対あるような気がするが、翻訳がなさそう。
ジュンク堂で買った。
方波見大志(著)
ポプラ社、2006
わけあって買った。
石戸教嗣(著)
世界思想社、2007
ようやく買った。合評会までに二回読まねばならない。
飯野勝己(著)
勁草書房、2007
著者は私に対し、なんのうらみがあって、(1)私がオースティンを検討しており、(2)かつ金がないので本を買い控えているときに、こんな本を出すのか。パラパラみて内容がダメそうだったら図書館を待とうと思ったが、良さそうな本だった。><
(特に社会学方面で) 杜撰に用いられがちな「発語内の力」という概念の2つの解釈を整理した辺りとか、名著っぽい香り。
ところで、speech act を「言語行為」と訳すのはいい加減に止めようと言いたい。「発話行為」というのもあって、こちらの方がましだとは思うが、これもあまり好きではない。一番良い訳は「発言行為」だと思うのだが、ひとりでこれを使う勇気がでない。
最近お金がないので本を買い控えているわけだが、やけになって三冊買った。
すべてマーケットプレース。
ピエール・ブルデュー(著), Pierre Bourdieu(原著), 桑田礼彰(訳)
藤原書店、2000
ハイデガーについてもブルデューについても知りたかったのでちょうどよいかと思った。
勁草書房、1998
値段に躊躇していたが買った。
北田暁大(著)
勁草書房、2003
発話行為論とルーマンとの関係について、改めて考えたいと思っているので。
大庭健(著)
岩波新書(岩波書店)、2006
Amazonの書評に、倫理学の本なのに倫理的でないという評価が書いてあって趣深かった。
私も今後酷評するときは、社会学の本なのに社会的でないとか、人類学の本なのに人類的でないなどと言っていきたいと思った。
- 『ゼロからの論証』
三浦俊彦(著)
青土社、2006
どうも修論と直接関係ある本ではなく、近からずとも遠からず系の本を先に読んでしまう傾向にあってよくない。
John Perry(著)
Stanford Univ Center for the Study、Expanded版、2000
教わった文献。むずかしそうである。
- 『詩学』
アリストテレース(著), ホラーティウス(著), 松本仁助(訳), 岡道男(訳)
岩波文庫(岩波書店)、1997
なぜか自然書店 (「ネット書店ではない」の意) で見つけられなかったので、Amazonでついでがあるときに買おうと思っていた。しかるのちに買った。
- ティアズマガジン vol. 80
COMITIA80 のカタログを買った。
コミティアは、前回行ったらわりと楽しかったので、また行ってみることにした。しかし前回買った同人誌でまだ読んでないものが結構ある。最近マンガを読むのがおっくうで困る。
赤田先生は、わるい部分が頭なので、時々朦朧としたまま行動していることがある。
いつのまにかこの2冊を買っていたらしいのだが、うっすらとしか記憶に残っていない。
黒田硫黄(著)
小学館、2001
黒田硫黄(著)
小学館、2003
関口安義(著)
日本放送出版協会、2006
戸田山和久(著)
日本放送出版協会、2002
授業に出ているとだんだん自信がなくなってきて、今さらこんな本を買ってみた。
またいろいろ買ってしまった。
フィルムアート社、2002
撮影技法の簡便なガイドって感じ。
平田順子(著)
太田出版、2000
アマゾンのレビューにひとりで10個同じレビューを投稿している人がいる。
- 『談話と対話』
石崎雅人(著), 伝康晴(著)
東京大学出版会、2001
意図、計画認識、談話構造、相互行為…会話分析・言語哲学・人工知能などでの知見を計算論的な視点から統合。理論的・実証的研究に必須の基礎理論を詳説。
情報科学の人が書いた語用論の教科書らしい。
こいつは、マニアックだ。
山岡実(著)
松柏社、2000
ぱらぱら見たが、近年の物語論の展開を知るには良さそうな感じだった。
- 『論理の基礎 - 日常言語と形式論理学』上下
P. F. ストローソン(著)
法律文化社
定価で売ってたのでびっくりした。一冊1200円テラヤスス。
いわゆる4月病。
本を買う量を減らそう減らそうと思っているのだが、単位を取るためには本を買わねばならないということに気づく。結構単位が残っててやばー。
- 『意味と目的の世界』
ルース・ギャレット・ミリカン(著), 信原幸弘(訳)
勁草書房、2007
Ruth Garrett Millikan(著)
Oxford Univ Pr, 2005
授業中に、ライカンと間違え、顔から火が出る思いであった。
間違えたことより、間違えたあとうっかり、「いや、よく間違えるんです」みたいな風にごまかそうとしてしまったのが恥ずかしかった。
「おいおい、よくわかってない社会学のやつが来たよ...」て思われたに違いない。ぎゃー。
- 『システム理論入門』
ニクラス・ルーマン(著), ディルク・ベッカー(編)
新泉社、2007
野本和幸(編), 山田友幸(編)
世界思想社、2002
だんだん言語哲学がなんだかよくわからなくなってきたので基本に立ち返りたく思った。
- 『相対主義の可能性』
ジャック・W. メイランド (編), マイケル・クラウス(編), 常俊宗三郎(訳), 加茂直樹(訳), 戸田省二郎(訳)
産業図書、1989
これもこころ惹かれないタイトルだが、執筆陣は豪華だ。
古本屋で2冊。
- 『志賀直哉私論』
安岡章太郎(著)
講談社、1983
早川書房編集部 (編)
早川書房 、1991
買った本をいちいちここに記すのはもうだいぶイヤになっているのだがよくわからない義務感にかられてつづけている。
郡司隆男(著)
日本評論社、1994
安かったので買った。
今日の発見。
「日常言語」というのは哲学をかじった人。
「自然言語」というのはコンピュータ・サイエンスをかじった人。
関係ないけど、『情報数学セミナー 自然言語』というタイトルはおもしろい。
↓で表紙が見られるが、表紙にでかでかと「自然言語」と書いてあるのを見るとさらにおもしろい。
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u5990644
人間と話すのが苦手だから、自然言語も教科書で学びたい。そんな情報科学の研究者向けの一冊、のように見える。
- 『哲学の歴史 11 論理・数学・言語』
飯田隆(編)
中央公論新社、2007
■目次
- 総論 科学の世紀と哲学
- 自然科学の哲学
- ドイツ語圏における展開
- フランスにおける展開
- フレーゲ
- ラッセル
- 数学基礎論の展開とその哲学
- ウィトゲンシュタイン
- 前期
- 後期
- ウィーン学団とカルナップ
- 科学哲学
- エピステモロジー
- 日常言語の哲学 - 分析哲学1
- クワインとクワイン以後 - 分析哲学2
すごい本が出ていたので買った。
そのままの勢いで結構読んじゃった。
飯田氏による「日常言語の哲学」「クワイン」の辺りと戸田山和久氏による「ラッセル」の項目などを読んだ。どちらもおもしろい。とくに、ちょうど「経験主義の2つのドグマ」に頭を悩ませていたところだったので、クワインの項目は非常に助かった。
G. E. Hughes(著), M. J. Cresswell(著)
Routledge, 1996
Amazonがねーよwと言うので丸善へ。
↓の本の内容を新しくした版。
三浦聡(著)
恒星社厚生閣、1981
土屋賢二(著)
勁草書房、1998
タイトルに惹かれないのでスルーしていたが、「新しい芸術様式の出現」というそれなりに関心のあるテーマについて触れられているらしいので買った。Amazonに安く出てるだろうと思ったらやはり安く出ていた。しかし、この本はやはりタイトルがよくない。
私としては建設的に考え、より良いタイトルを提案する提案型の読者でありたい。
- 『ロボット猫とロボットとロボットモーツァルト』
はどうだろう。ぐっとよくなったと思うのだが。
古書店にて。笹塚の北にある一新堂書店は、品揃えもよく値段も安くて非常によい店だと思う。
- 『レトリック感覚』
佐藤信夫(著)
講談社学術文庫(講談社)、1992
私が買ったのは講談社文庫版だが、今は学術文庫ででてる。
エドムント・フッサール(著), Edmund Husserl(原著), 細谷恒夫(訳), 木田元(訳)
中公文庫(中央公論社)、1995
「危機感覚を身につけようかと思って」というのが表向きの理由。
各務三郎(編)
講談社文庫(講談社)、2000
茂呂雄二(著), 汐見稔幸(著)
東京大学出版会、1988
このシリーズは結構おもしろい本が入ってるかもしれないと思い始めた。
- 『少年小説の世界』
高橋康雄(著)
角川書店、1986
戦前少年小説のガイドブック。こういう本がほしかった。
蓮實重彦(著)
新潮社、2007
これが、どういう本かというと。
もちろん、フーコーは、ドゥルーズがそうであるように、フィクションをめぐる理論的な言説は一つも残していない。だが、フィクションを論じる者に求められている資質は、それを「自由に流通させ、自由に操作し、自由に構成したり、解体したり、再構成したりするのに歯止めをかけ」ずにおくことにほかならないと、彼らのテクストはいっているかに読める。『「赤」の誘惑』がめざしたのも、まさしく「虚構というものとその多義的なテクスト」のまどろんでいる細部を目覚めさせ、それにふさわしい「生」を回復させることにあったといえる。
p279
要するにいろんな人のフィクション論から、「赤」という語を拾ってそこに「意図的な誤読」を施すことで、理論家の手からテクストの多義性を解放することが目的らしい。
うーん、ハスミン先生のこういう「テクスト主義者」ぶりと、「フィクション」という概念の相性の悪さは見てるとなんだかむずがゆい。このむずがゆさはどこからくるのだろうか。
一応読んで考えてみる。「テクストは多義的だ」という以上の内容が書いてあるといいなあ。あと、こういうんじゃなくて、映画の話を素材に真面目にフィクション論をやってくれたらもっとずっと期待したんだけどなあ。
最後の部分では、ほんとに『社会の芸術』に言及してる。何を思ってルーマンを読んだのかはよくわからない。
某社試験。
眠いのと花粉症で頭がぼーっとして、できはいまいちだった。
帰りに、ひさびさの神保町めぐりをした。
- 『論理学の方法』
クワイン(著)、中村秀吉、大森荘蔵(訳)
岩波書店、1961
アマゾンにはないようだ。
ニクラス・ルーマン(著), Niklas Luhmann(原著)、馬場靖雄(訳), 上村隆広(訳)
勁草書房、1990
アマゾンのクレジット表記はものすごくいい加減だなあ。上村隆広さんが書いて、馬場靖雄さんとニクラス・ルーマンさんが訳したことになってるよ。
- 『論理学』
上田泰治(著)
創文社、1967
安かった。
青土社、2007.03
「米沢穂信」特集
3冊買った。
佐藤文広(著)
日本評論社、1994
これは良さそうな本だった。まさにこういう本を求めていたと言える。
J.L.オースティン(著), 丹治信春(訳), 守屋唱進(訳)
勁草書房、1984
「知覚」強化週間にしようかと思った。
大黒岳彦(著)
NTT出版、2006
出費が...。
以下古本屋で三冊
- 『妖怪談義』
柳田國男(著)
講談社学術文庫(講談社)、1977
芥川龍之介(著)
第三書館; 増補新版版、2000
すごいよね、このシリーズ。『ザ・清輝―花田清輝全一冊』とか、一体どういうターゲットを狙っているのか。
- 『物語における読者』
ウンベルト・エーコ(著), Umberto Eco(原著), 篠原資明(訳)
青土社、2003
とっくに読んでいてもよいはずだが、未読。エーコはなぜだか苦手だ。
マーケットプレースで2冊。
- 『論理学概論』
近藤洋逸(著), 好並英司(著)
岩波書店、1964
坂原茂(著)
東京大学出版会、1985
フーコー・コレクション二冊購入。ちょこちょこ重要そうな論文が入っていることに気がついた。
「作者とは何か」とか「これはパイプではない」とか、入ってると知っていれば、とうに買っていたものを。
こういうのは「何が入っているか」が重要だと思うので、目次を掲げておく。
ミシェル・フーコー (著), 小林康夫(訳), 石田英敬(訳), 松浦寿輝(訳)
ちくま学芸文庫(筑摩書房)、2006
目次
- ルーセルにおける言うことと見ること
- かくも残酷な知
- 侵犯への序言
- 言語の無限反復
- 夜明けの光を見張って
- 隔たり・アスペクト・起源
- 幻想の図書館
- アクタイオーンの散文
- 空間の言語
- 知を流す言葉
- J=P・リシャールのマラルメ
- 書くことの義務
- 物語の背後にあるもの
- 外の思考
- 彼は二つの単語の間を泳ぐ人だった
- アリアドネーは縊死した
- 作者とは何か
ミシェル フーコー(著), 小林康夫(訳), 松浦寿輝(訳), 石田 英敬 (訳)
ちくま学芸文庫(筑摩書房)、2006
目次
- 侍女たち
- 世界の散文
- 歴史の書き方について
- これはパイプではない
- 科学の考古学について
- 『ポール・ロワイヤルの文法』序文
- ジャン・イポリット1907-1968
- ミシェル・フーコー『言葉と物』英語版への序文
- 第七天使をめぐる七言
- 劇場としての哲学
- ニーチェ、系譜学、歴史
- 私の身体、この紙、この炉
以下は今後買うつもりがある本をメモしておく。
竹内外史(著)
講談社、2001
竹内外史大先生による集合論入門@ブルーバックス。
- 『哲学入門』
バートランド・ラッセル(著), Bertrand Russell(原著), 高村夏輝(訳)
ちくま学芸文庫(筑摩書房)、2005
よっぽど買おうかと思ったが、どうせマーケットプレースにあるだろうと思って思いとどまった。
しかし、900円か...。意味がわからん。送料入れたら、定価超えるじゃないか。
中古で三冊。
創元推理文庫(東京創元社)、1989
100円の本は買ってもいいよね?ね?と思いつつ。
樋口明雄(編著)
勁文社、1994
一人暮らしをはじめてから怖い話が読めなくなったのであった。
「超」怖い話 (はてなキーワード)
香山リカ(著)
ちくま文庫(筑摩書房)、1998
「可能世界意味論っておもしろそうだけどむずかしそう...」って最初から最後までそれだけを言い続けるラディカルな本。買うのは結構躊躇したんだが、安いし、ブックガイドとしては使える(かもしれない)ので買ってしまった。
浅田直亮(著), 仲村みなみ(著)
彩流社、2005
東浩紀(著)
講談社学術新書(講談社)、2007
でてたので買った。
また本を買いすぎた。後悔している。
ああ。
「読まなくてすむ本はないか」
「本は読みたいんだけど、最近読むのがおっくうだ」
「だから、買ってきて、さぁ読もうと思っても読まずにすむ本はないかなぁ」
安川一(編)
世界思想社、1991
- 『日常言語の論理学』
オールウド、アンダーソン、ダール(著)、公平珠躬(訳)、野屋啓一(訳)
産業図書、1996
マーケットプレースに安く出てた...orz
イアン・ハッキング(著), 出口康夫(訳), 久米暁(訳)
岩波書店、2006
結局買っちゃった。ずいぶんフランクな文体なんだな。
- 『四つの署名』
コナン・ドイル(著), 延原謙(訳)
新潮文庫(新潮社)、1953
ホームズはつまみぐいしかしてなかったので改めてはじから読んでいこうかと思って。
土屋勝(著)
カットシステム、2006
早くワードを卒業しようと思ってなかなか果たせずにいる。
エルジェ(著), 川口恵子(訳)
福音館書店、1983
唐突に思い立ち、表参道のタンタンショップまで買いに行ってみた。
三浦俊彦(著)
岩波新書(岩波書店)、2005
ヴィレッジバンガードにて。
- "デュオU&U"
中古。
ミクシのコミュで知ったが、今日はラブクラフトの没後七十年目の命日だそうだ。
イア!イア!と冥福を (邪神に) 祈っておこう。
矢野浩三郎(訳)
国書刊行会、1985
創元文庫版の全集だと評論が入ってないんだよね。「宇宙冒険小説に関するノート」「文学と超自然恐怖」が読みたい。
マーケットプレースで安めに出てたし、この機会に買ってみた。
ボルヘスはラブクラフトのことを、「E. A. ポーの無意識のパロディ」と呼んだ。美文と論理的構成によって異常な完成度の恐怖小説を構築しつつ、生来の B 級センスのため (?) 、過剰に大げさな描写に走り、「円錐型の宇宙人って、怖いっていうか、もはや馬鹿の領域にいってませんか?」と暴走しがちなラブクラフトがポーのパロディだってこと自体はその通りだと思うけれど。果たして無意識だったのかどうか。たとえば、『北斗の拳』は表面的には真面目でありつつ、大げさすぎてギャグになっているけれど、それが「無意識」ってことはないと思うのだ。本人達はさすがにある程度わかってやってるはずだろう。
しかし、その辺のバランスって本当にむずかしい。ラブクラフトは実際に怖いし、北斗の拳を読んで感動することもあるし、パロディになってたら怖くないとか真面目に読めないというわけでもない。過剰なものや過剰なひとに惹かれがちな私としては、パロディとして読めないもので、本当におもしろいものなんてあるのかな?などと考えてしまいがちだ。
...特に結論はない。
河出書房新社、2006
今、ぱらぱら見てたら、異世界ファンタジーを最初に書いたのはウィリアム・モリスじゃないかと中村融氏が書いていた。ほー、と思った。
- 雑誌「大航海」vol.62
河出書房、2007
「中世哲学復興」
DANCE MAGAZINE 別冊こと「大航海」。今月は、中世哲学特集。
パースの論文も載ってるよ。
相変わらず本を買いすぎ。
以下ヴェーバー二冊は新品。
- 『職業としての政治』
マックス・ヴェーバー (著), Max Weber (原著), 脇圭平(訳)
岩波文庫(岩波書店)、1980
- 『職業としての学問』
マックス・ウェーバー(著), Max Weber(原著), 尾高邦雄(訳)
岩波文庫(岩波書店)、1980
某社の就職試験で、「職業としての……」という作文があった。「職業としての」という言葉にはどういう含意があるのかなと思って購入してみた。『学問』の方のみ読んだが、おもしろかった。
以下四冊は古書店にて。
- 『記号論理学』
清水義夫(著)
東京大学出版会、1984
論理学の教科書というのは、命題論理、述語論理までは確実に載せなければならないが、それ以上のレベルで何を載せるのかは著者によって異なる。その辺が教科書制作者の腕の見せ所なのだと最近気づいた。この本はブール代数が詳しいようだ。
- 『集合と位相』
鎌田正良(著)
近代科学社、1989
H.R.F. キーティング(編)
早川書房、1990
クリスティーって好きそうでどうも苦手なんだけど、克服しようかと思って。
- 『家畜人ヤプー』
沼正三(著)
角川文庫(角川書店)、1972
ウィーアーザ家畜人。
ウィトゲンシュタイン(著), 藤本隆志(訳)
大修館書店、1976
マーケットプレイスにて購入。ほとんど定価と変わらず。
というかだね。論理哲学論考の訳があれだけたくさん出ていて、哲学探究の訳がこれしかないというのはまったく納得がいかないのだがなぜなのか。
飯田隆(著)
講談社、2005
- 『中村宏図画事件 カタログ』
カタログって、そのときしか買えないからほしくなるけど、買っても後からあまり見ないよね。
新宿のジュンク堂がスペースを拡大したそうなので行った。ひさしぶりに書店の漫画コーナーを見てたらほしいものがいろいろあった。うっかり買いすぎた。
小学館、2006
五巻が出てたのに気づいてなかった。
- 『夢幻紳士 逢魔篇』
高橋葉介(著)
早川書房、2006
4半世紀にわたって怪奇幻想漫画界をリードしてきた著者のライフワーク・シリーズ。
何も間違ったことは言ってないしその通りだと思うけど、「怪奇幻想漫画界」ってずいぶん狭そうな世界だなあ。と思った。
諸星大二郎(著)
朝日ソノラマ、1996
マーケットプレースで見たら100円台で売ってた。けっ。
kashmir(著)
芳文社、2006
宮台真司(著), 石原英樹(著), 大塚明子(著)
ちくま文庫(筑摩書房)、2007
フロベール(著), 鈴木健郎(訳)
岩波文庫(岩波書店)、1955
復刊してた。
ノースロップ・フライ(著)、渡辺美智子(訳)
アマゾンでは品切れになってるけど、大書店には意外と売ってる。むかしの本がそのままの装丁そのまま売ってる系出版物なので安い。
昨日買った。
ジェラール・ジュネット(著), G´erard Genette(原著), 和泉涼一(訳), 尾河直哉 (訳)
水声社、1994
ディっクション!(←くしゃみ)
- 『知識の哲学』
戸田山和久(著)
産業図書、2002
知識!(←くしゃみ)
トルストイ(著), 木村浩(著)
新潮文庫(新潮社)、1972
あんなカレーに、な。(←超絶○詩)
というか、これの冒頭の一文(「幸福な家庭はどこも一緒だが、不幸な家庭はいろいろだ」みたいなやつ)が、虚構論では有名なのだが、有名な例だからといって扱うのはばかばかしいのでやめた。
Thomas G. Pavel(著)
Harvard Univ Pr; Reprint版, 1989
アマゾンがないと言ったので丸善に注文してみた。
- 『名探偵の掟』
東野圭吾(著)
講談社文庫(講談社)、1999
記録するためにアマゾンを見たら1円で売ってたのでそっちで買えばよかったと思った。
- 『緋色の研究』
コナン・ドイル(著), 延原謙(著)
新潮社文庫(新潮社)、1953
これも1円で売ってる(泣)。どこでも売ってそうな本は新品では買わなくてもいいということか。
ホームズ・シリーズは各社から出ているが、新潮社文庫版の表紙が一番かわいらしくてよいと私は思う。
日能研、1998
文章題はフィクションであるという結論にいたりつつある。
ついでに新宿で勉強の本を。
ソール・A.クリプキ(著), 八木沢敬(訳), 野家啓一(訳)
産業図書、1985
実は持ってなかった。可能世界を使った議論の模範例ということで、軽く見ておこうかなあと。
- 『言語と行為』
J.L.オースティン(著), 坂本百大(訳)
大修館書店、1978
実は持ってなかった。こっちも軽く見ておこうかなあと。
高原脩(著), 林礼子(著), 林宅男(著)
勁草書房、2002
サール説を何とかしないと発表がまとまらない気がしてきたので今さら教科書を。会話分析の項目もあるみたい。
「日本の古本屋」にて。
日本の古本屋は雑誌のバックナンバーが比較的見つけやすいと気づく。
- 雑誌「現代思想」vol.23-04
青土社、1995/4
「可能世界/固有名」
- 雑誌「ユリイカ」vol.21-09
青土社、1989/7
「G・K・チェスタトン ―ブラウン神父の世界観」
ウィリアム・エンプソン(著), William Empson(原著), 岩崎宗治(訳)
岩波文庫(岩波書店)、2006
数日前に買って、カウントし忘れていた。上は出たときに買ったけど、下を持ってなかった。
- 雑誌「STUDIO VOICE」vol.374
「「80's カルチャー」総括!」
80年代特集。
ぱらぱら見たが、いまいちな印象。なぜ今80年代なのかというテーマ設定が、ライター群に共有されていないように見える。資料・調査にも突出したものはなさげ。
メモ。
- 『可能世界の心理』
ジェローム・S. ブルーナー(著), Jerome S. Bruner(原著), 田中一彦(訳)
みすず書房、1998
ブルーナーは1950年代から60年代にかけて起こった認知革命の火付け役として知られ、思考研究や乳児研究においても常に時代をリードしてきた。しかしその後立場を変え、認知科学の動向にむしろ批判的になる。本書はその新しい立脚点と眺望を示す論文集。ネルソン・グッドマンの「構築主義」を手がかりに、一個別科学を超え、ギアーツの人類学、バルトの文学批評、ヴィゴツキーの言語学などと手を携えた文化心理学へと深まった。文字通り、心理学に新しい地平を拓いた、意欲あふれる一冊。
サッチマン『プランと状況的行為』の参考文献にあがっていた。
以下は買った本。
R.C. ホルブ(著), 鈴木聡(訳)
勁草書房、1986
受容美学のその後の展開が紹介されているらしい。
メモしようと思ったら、マーケットプレイスに出てたので買った。
本を買いすぎる男参上。
以下は近所の新刊書店にて購入。
『エンターテイメント映画の文法―ヒットを約束する脚本からカメラワークまで』
純丘曜彰(著)
フィルムアート社、2005
研究の必要上、この手の本はもっと読むべきだと感じているのだが、どうしても後回しになってしまう。願わくば3月までに理論的な部分の結構をまとめ、4月からはネタ探しに奔走できるようにしたいのだが。
以下五冊は古書店にて。
西垣通(著)
筑摩書房、1990
立松弘孝(訳)
みすず書房、1965
- 『情報』
川合慧(編)
東京大学出版会、2006
ミルン(著)、三輪滋、神宮輝夫(訳)
あかね書房、1964
- 『ふしぎな足音 - 少年少女世界推理文学全集 No.5』
チェスタートン(著)、前川康男(訳)
あかね書房、1964
チェスタートンの方はアマゾンになかった。
小笠原正仁(著)
明石書店、2001
これも古本屋で買った。
John Woods(著)
Walter De Gruyter Inc, 1974
買った?
紀伊国屋のサイトで。届くかどうかわからない系。
"Verbal Icon Studies in the Meaning of Poetry"
William K. Wimsatt(著)
Univ Pr of Kentucky, 1967
マーケットプレイスで購入。「意図への誤信」が入ってる本。
いわゆるニュークリ(ニュークリティシズム)系。
本を買いすぎる男参上!
古本屋にて。
- 雑誌「現代思想」vol.18-3
1990/3、青土社
「ロボット - 思考なき知性」
- 雑誌「現代思想」vol.22-12
1994/10、青土社
「天使というメディア」
鈴村和成
洋泉社、1991
単行本扱いになっているようだが、見た目は雑誌だった。
- 『文学的芸術作品』
ローマン・インガルデン(著), 滝内槙雄(訳), 細井雄介(訳)
勁草書房、1998
いずれ必要になりそうだったので買った。Amazon マーケットプレイスにて購入。
以下3冊は古本屋で買った。
- 雑誌「ku:nel」vol.11
2005、マガジンハウス
「ミシンで、だだだ。」
- 雑誌「大航海」vol.48
2003、新書館
「会社とは何か?」
- 雑誌「デザインの現場」vol.16
1999、美術出版社
「文字を組む。」
よく見ると「大航海」には、"DANCE MAGAZINE 別冊" と書いてある。そういう位置づけだったのか。
あとこれも最近知った知識だが、クウネル系の雑誌のことを「ほっこり系」というらしい。2ch にスレもたってた。そのスレによるとワンカップ大関がほっこり系らしい。
ちらっと見ただけだから違うかもしれないけど、
ワンカップ大関のCMもほっこりテイストになってたような。
空いたワンカップに何かの道具か花かいれて、横で縫い物してるみたいな。
カップ酒ブームとは言ってもなあ。パンダや鹿の絵柄のならともかく。
いや、あの質実なデザインだからいいのか。
もうわけわからんなw
ワンカップ大関がほっこり系でいいなら、私も積極的にほっこり系を名乗っていこうと思った。
変なファイラーを使ってるせいか、時々ファイルが壊れて削除できなくなることがある。解決方法はもうわかっていて、コマンドで削除を試みてみて、それでも削除できないときは、アドミニストレータでログインして、無理やり削除するしかない。
今日もやっぱりそんなことがあって、デスクトップにあったファイルが削除できなくなったので、例の黒い窓を開いて、「del」とか何とか打っていた。そしたらコマンドを打ち間違え、あれあれ? ファイルが消えていくよ...。ゲと思って、あわててドス窓閉じた。調べてみると、デスクトップが空になり、スタートメニューも空っぽになってしまった。それ以外はなんともなさそうだったので、スタートメニューだけなんとかして、しばらく後に再起動した。しかし、どうもシステム系のファイルが削除されてしまったらしく、再起動できない。パソコンが起動できない、イコール生命活動を絶たれたも同然なので、あわてて Windows XP を探したが、見つからない。
しかたなく結構本腰を入れて探したが、やはり見つからない。ほかにもやることがあったのだが、それらの用事もパソコンがないとどうしようもないのでとにかく探した。この段階で、「XP を探す」が至上命題になったので、泣きながら二時間くらいかけて部屋を片付けた。よくある「神様、私何か悪いことしましたか」的な、泣きそうな窮地だった。必要なものをひたすら探す、というのは、どこまでやれば解決するかもわからず、終了まで何の目安もなく、少しも先行きが見えないという点で、非常に精神に悪いことだと思った。ないないないないと喚いているうちに、なんとか見つけたが、その後どうしたらいいのかわからなかったので資料を探しに出かけた。
『[わかったブック 2] 根本的解決!どうして起こる?パソコンのエラー』
唯野司(著)
技術評論社、2004
この本を買った。試行錯誤した挙句、CD から起動し、XP を再インストールした。はじめての再インストールはヴァレンタインデー♪、みたいな。ファイルが消えなかったのは救いだったが、時間はかかるし、ネットの設定を一からやりなおし、ドライバは入れ直し、で恐ろしく面倒だった。忘れていたが、あとで ATOK を入れなおさないといけないし。一応書いておくが、上の本は非常に役に立った。
一応今は解決し、こうしてネットにもつなげられているのだが、どうも画面の様子がおかしい。ブラウザの表示が異常に大きい。アイコンが大きくなっているように見えるし、ページの表示もいつもより明らかに大きい。ミクシが画面からどーんとはみだしている。秀丸エディタの表示も大きくなっているようだ。XP のフォルダやシステム関係の表示はふつうなので、解像度をあげると XP がちいさくなりすぎる。DPI を変えたら全体的に小さくなって、いくらかましにはなったが、やっぱり XP とほかのアプリケーションのバランスがおかしい。メッセージボックスなどだけが小さくなって、ページの描画は大きいままだ。
以上の症状について誰か何か知ってたら教えてください。具体的にいうと、特定のアプリケーションの解像度だけをあげたい。あるいは解像度はかわらなくても表示を小さくしたい。実家に帰ったときおみやげで買ったチョコがあまってるのであげますから。
3冊買った。
なんか不安になってきたので必要になりうる本を早めに買っておくことにした。
G. E. Hughes(著), M. J. Cresswell(著)
Routledge, 1996
小野寛晰(著)
日本評論社、1994
"Mimesis As Make-Believe: On the Foundations of Representational Arts"
Kendall L. Walton(著)
Harvard Univ Pr; Reprint版、1993
三上真司(著)
東信堂、2007
1冊追加。
"Introduction to Mathematical Logic"
Crc Pr I Llc; 4版、1997
"Introduction to Mathematical Logic" というゴツそうな論理学の教科書がある。戸田山『論理学をつくる』のブックガイドでは、「いっちょ, 本格的に論理学をきわめてみようかな, という人が読むべき定番とも言える書物」として紹介されている。値段もそれなりで、こちらのハードカバー版は 11,198 円となっている。
しかしよく見ると、古いペーパーバック版が 578 円だった。一応まだ売っていることになっているので購入してみた。
Van Nost. Reinhold、1964
「通常3~5週間以内に発送」。実際にお金を払うのはだいぶ先だし、本当に買えるのかどうかはあやしいところだ。
4冊買った
- 『社会の法〈2〉』
ニクラス・ルーマン(著), Niklas Luhmann(原著), 馬場靖雄(訳), 江口厚仁(訳), 上村隆広(訳)
法政大学出版局、2003
あまそんが「ねーよ」と言ってきたので生協で購入。
飯田隆(著)
勁草書房、1995
以下2冊は古書店にて
ティンダル(著)、田崎淑子(訳)
篠崎書林、1975
- 『論理学』
野矢茂樹(著)
東京大学出版会、1994
以下3つはコピーした論文
- 石黒ひで「可能世界と現実世界」
(『新・岩波講座 哲学 (4) - 世界と意味』岩波書店、1985)
ライプニッツと現代の可能世界論の関係をしれるのではないかと甘い考えを抱いて。
- 飯田隆「可能世界」
(『新・岩波講座 哲学 (7) - トポス・空間・時間』岩波書店、1985)
『言語哲学大全3』の入門にいいらしいと三浦俊彦が書いていたので。
- 佐々木健一「虚構と真」
(『新・岩波講座 哲学 (3) - 記号・論理・メタファー』)
こんな論文があったのは知らなかった。言ってくれれば早く読んだものを。
というわけで、やっぱ論文も探さなきゃダメだなと思い、「佐々木健一不完全著作リスト」に共著および論文を追加した。
今日は楽しいコミティア。最近ヲタクづいている M 川に誘われて行った。
コミティアはコミケと違ってオリジナル限定なんだよ。向かう途中(例によって電車を間違えたりして遅れた)、「二次創作」/「オリジナル」を判別する方法について考えていたが、そもそも読み方が違うのでそんな問題は生じないのかもしれないと思った。二次創作にはまった経験がないのでよくわからない。
結構たくさん買ってしまった。漫画は見ただけで色んなことがわかるので話が早いなあと思った。
買った本を全部書くことにしていたのを途中まで忘れていたが、それほど恥ずかしいものを買わなくて良かった。
- 『ティアズマガジン』79
Comitia
いわゆる「カタログ」。
- 『雨のち晴れ』
ジャポニカ自由帳
- 『宇宙日和』
Matatabi Mix
- 『ComiComic』11 「まんがのソト側」特集
こみこみっく
- 『薇頭』
ゼンマイアタマ
http://zenmaiatama.seesaa.net/
荏本朋「ふたりとも」/あらいあき「円盤イクコ」
- 『Mattari』笹生那実(島田菜穂子)個人誌・4
笹生那実(島田菜穂子)
http://hitsujiza.blog23.fc2.com/
「『風と木の詩』の読み方」など
- 『愛弟子日和』愛弟子シリーズ1
- 『愛弟子の小冒険』愛弟子シリーズ4
まつかさ師匠の沈黙工房(柳田ポン)
http://matukasabeya.web.fc2.com/
- 『漫世』1
『漫世』実行委員会
http://www015.upp.so-net.ne.jp/Shimpei/
- 『ヲタク的国会図書館ガイド 2006年度版』
動画35+
- 雑誌「ku:nel」vol. 23
マガジンハウス
「ムーミンのひみつ。」特集。
- 雑誌「ソシオロゴス」
ソシオロゴス編集委員会
第9 号、第10 号、第12 号、第18 号、第19 号、第22 号、第28 号
計7冊。バックナンバー半額セールをやっていた。
かわいゆみこ(著)『猫の遊ぶ庭―気まぐれ者達の楽園』
心交社、1998
買った。某寮を舞台にした BL 小説。絵は今市子。
(これ、よく考えると今市子が描いた某寮の絵を見られるということであるな。それは結構レアなのではなかろうか)。
在寮時に読もうと思いつつ、読み損ねていた。Amazon で見ると結構ファンがいるようだ。そんな名作とはつゆ知らなかった。
追記:
調べたところこれは続編だったようだ。同じ小説のバージョン違いかと思った。
最初のやつはこちら↓。こっちは高いなあ。
『猫の遊ぶ庭』
あとソシオロゴスのバックナンバーを買ったがまだお金を払っていないので払ったらカウントする。
以下7冊は古書店。
平凡社、1961
平凡社、1963
河出書房新社、1963
河出書房新社、1963
一冊百円だった。教養身につけ放題。
大塚英志
角川書店、2004
バートランド・ラッセル(著), 市井 三郎(訳)
みすず書房
小学館、1997
これはおすすめ。非常にマニアックな一冊。
以下3冊は新品で買った。
ピーター ミルワード (著), Peter Milward (著), 小泉 博一 (訳)
中公新書、2001
今市子
朝日ソノラマ、2007
新刊が出ていた。聞いたところによると、テレビドラマ化するそうだ。
「ジャーロ」 vol. 26
光文社
以下の2冊は古書店で。
T.A.シービオク(著), J.ユミカー=シービオク(著), 富山太佳夫(訳)
岩波書店、1994
名探偵ホームズの犯人探索術は,プラグマティズムの哲学者パースの思考方法と同一のものであった,と推論し,両者を比較検討.ドイルの推理小説の抜群の面白さに潜むパース哲学の隠れた一面を読みとき,記号論の本質を衝く.
「パースの思考方法と同一のものであった」って。それは言い過ぎではないですか。
C.S.ルーイス(著), 山形和美(訳)
評論社、1968
ナルニアの人。安かった。
以下は大学生協で。
- 『文学理論』
ジョナサン・カラー(著), 荒木 映子(訳), 富山太佳夫(訳)
岩波書店、2003
Amazon で評判がよかったので。
レオ・ブルース (著), Leo Bruce (原著), 小林晋(訳)
セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿、クリスティのエルキュール・ポアロ、チェスタトンのブラウン神父のパロディである3人の探偵が出てくるらしい。おもしろそうかも。
- Thomas G. Pavel(1986) "Fictional Worlds", Harvard University Press
これは買わないとどうしようもないだろうと思った。買った。本当に届くのかどうか不安だ。
私が本屋に行って発見したことを書く。
こんな本を発見した。買った。
蓮實重彦『表象の奈落―フィクションと思考の動体視力』
思ったより虚構論への言及が多そうなので買った。
虚構論著作一覧に追加する。
文庫化してたので買った。
以下2冊もなんとなく買った。
ところで、自分が月に何冊本を買うのか気になってきたので集計のため、来月 2/21 までの間、本を買ったら必ずここに書き込むことにする。しかしその 1 ヶ月のあいだに、人にはとても言えないような恥ずかしい本を買うこともあるかもしれない。その場合は冊数だけを書くことにしたい。






















































































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